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2026年2月1日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 申命記34章5〜6
ヨハネによる福音書19章38〜42
●説教 「神を葬った人」小宮山剛牧師
親孝行したい時には親はなし
「親孝行したいときには親はなし」と申しますが、今日の聖書箇所を読みますと、そのことわざを思い出します。
イエスさまを葬ったのは、イエスさまと共に歩んできた12弟子ではなく、今日登場する2人の人でした。
十字架という死刑台の上で息を引き取られたイエスさま。そのショッキングな出来事について、悲しみに浸っている場合ではありませんでした。人が亡くなるとただちに葬りの準備に入らなければなりません。それはわれわれも同様です。今日の日本で言えば、クリスチャンであればまず牧師に、そうでなければ葬儀社に連絡することになります。そして牧師の都合がつけば、牧師が駆けつけて枕辺の祈りが献げられます。葬儀社が到着すれば、それが自宅ではない限り、なくなった場所からご自宅に、あるいは事情によっては葬儀場あるいは葬儀社の遺体安置室に運ばれます。そしてご遺体が整えられ、ドライアイスが入れられる。それから葬儀の打合せ‥‥ということになります。悲しみに浸っている間もなくあわただしくいろいろなことが進行していきます。しかしそのあわただしさが逆に、悲しみを遠ざけてくれることにもなります。
イエスさまの場合は、とりあえずイエスさまのご遺体を十字架から取り下ろさなくてはなりません。放っておきますと、死刑執行人であるローマ兵が取り降ろして、適当に処分されてしまいます。
遺体となったイエスさまの葬りの準備を誰がするのか? そこに登場したのが、アリマタヤのヨセフという人でした。初めて出てきた人です。しかもこの人は、イエスの弟子であったと書かれています。ではなぜ今まで名前が出てこなかったか? それはユダヤ人たちを恐れてイエスさまの弟子であることを隠していたというんです。
もう一人はニコデモです。このように、今まで前面に出てこなかった2人が、イエスさまが亡くなられた直後に登場します。
アリマタヤのヨセフ
まず、このヨセフとは何者か? アリマタヤという町の出身であること、そしてひそかにイエスさまの弟子となっていた。すなわちイエスさまを信じていた。マルコ福音書では、ヨセフは「神の国を待ち望んでいた」と書かれています。さらに、ルカ福音書を読むと、イエスさまを罪に定めた、あの真夜中の議会の決議に同意しなかったと書かれています。
さらに、ヨセフについて、4つの福音書を見ると次のようなことをそれぞれ書いています。なかなか興味深いです。
・「金持ち」(マタイ)‥‥マタイは徴税人でしたから、そこに関心があったのでしょうか。
・「身分の高い議員」(マルコ)‥‥若かったマルコは、偉い人という観点を見たようです。
・「善良で正しい人」(ルカ)‥‥医者のルカは、ヨセフの中身を見たようです。
・「ユダヤ人を恐れてそのことを隠していた」(ヨハネ)‥‥ヨハネは一番最後に書かれた福音書ですので、他の福音書が見落としていることを書いています。
このように、福音書を書いた人の視点で少しずつ見るところが違っていることが興味深いですね。そしてそれがイエスさまについての記録を立体的に映し出しています。
なぜヨセフは、イエスさまの弟子であることを隠していたのでしょうか?‥‥議員でありながらイエスさまの弟子であったことが分かってしまっても、殺されることはないでしょうに。そうすると、マタイとマルコが書いていることが浮かび上がってきます。すなわち「金持ち」であり「身分の高い議員」であったということです。イエスさまを信じていることが分かると、議員としての地位を失うことはありえます。「身分の高い」というその身分も失うでしょう。そしてお金持ちではなくなるかもしれない。‥‥そういうことを恐れたのでしょう。
さらにルカはヨセフが「善良で正しい人」であったと書いていますが、善良な人というのは、ともすれば優柔不断になりやすい。対立よりも調和を好むタイプです。そういうこともあって、ヨセフはなかなかイエスの弟子であることを告白することができないでいたのかも知れません。
ニコデモ
もう一人のニコデモ。この人はこのヨハネ福音書の3章で出てきました。宗教家のファリサイ派であり、この人も議会の議員でした。ニコデモは、ある日の夜、イエスさまを訪ねてきました。夜来たというのは、もしかしたら人目をはばかってきたのかも知れません。彼がイエスさまを訪ねてきたのは、どうしたら神の国に入ることができるか、ということについて悩んでいたからでした。彼はファリサイ派でしたから、ユダヤ人の宗教上の戒律である律法をちゃんと守ってきた人でした。しかし戒律を守っているにもかかわらず、平安がない。神の国に入るという確信がなかった。それでイエスさまの所を訪ねてきたのでした。イエスさまが神さまから遣わされてきた方であることを信じていたからです。
しかしこのニコデモもまた、イエスさまを信じていることを公然と告白したことがありませんでした。その点も、アリマタヤのヨセフと同じです。
懺悔の値打ちもないけれど
その二人が今、堰(せき)を切ったように十字架の下に駆けつけたのです。イエスさまの12人の弟子たちは、ここにはいません。唯一十字架のそばに、マリア様と付き添っていたと思われるヨハネは、アリマタヤのヨセフが現れて、イエスさまを引き取って葬ると言ったので、マリア様を連れて家に戻ったようです。他にはマグダラのマリアと、もう一人のマリアが見守っていたことをマタイとマルコ福音書が書いています。したがって、ここからは、この隠れキリシタンのようなヨセフとニコデモが取り仕切ったのです。
ヨセフはまず総督であるピラトに、イエスさまの遺体を取り降ろすことを願い出ました。このことについてマルコ福音書は、勇気を出してピラトの所に行った、と書いています。‥‥これまで自分の地位や名誉を失うことを恐れていたけれども、今やそれらを失う恐れをかなぐり捨てて、イエスのみもとに駆けつけた。
いっぽうニコデモは、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラほど持って来たと書かれています。没薬と沈香を混ぜた物というのは、遺体に塗る香料であり、また防腐処置のためでもありました。それにしてもそれを百リトラ。百リトラというのはどのぐらいの量かと言いますと、1リトラは326グラムですので、百リトラとなりますとその100倍、32,600グラム、すなわち32.6キログラムということになります! 比重がどれほどか分かりませんが、仮に水に等しいとして換算すると、灯油を入れる18リットルのポリタンクならば、2つ近い量ということになります。しかも没薬も沈香も当時は非常に高価なものでしたから、金額もたいへんなものということになります。
ものすごい量。いくらなんでも多過ぎです。そんなに遺体に塗ることはできません。なんでこんなに大量の香料を持って来たのか?‥‥しかし私は、ここにニコデモの思いをくみ取ることができると思うのです。
むかし、北原ミレイという歌手の歌った「さんげの値打ちもないけれど」という歌が流行りました。(古いですね。)この歌はその悲しいメロディーと共に、その歌詞が衝撃的で話題となりました。作詞家の阿久悠さんの詞によるものでした。ニコデモの持って来た百リトラもの大量の香料について、その歌を思い出すのは私だけでしょうか。
つまり、このありえないほど大量で高価な香料を持って来たところに、ニコデモの懺悔(ざんげ)の思いが表れていると思うんです。「遅かった」という思いです。
アリマタヤのヨセフとニコデモの思いを言葉にすれば、次のようなものになるだろうと私は思います。‥‥「イエスさま、あなたを信じていることを私たちが告白しないまま、あなたは死んでしまわれました。なぜもっと早くあなたを主と告白しなかったかと、後悔しています。懺悔します。今さら遅いと思いますが、本当に遅すぎたと思いますが、心ばかりのことをさせていただきますから、どうぞお許し下さい‥‥」。そんな思いだったのではないでしょうか。
ちなみに没薬ですが、皆さんはクリスマスの物語で東方の博士たちが、産まれたばかりのイエスさまの所に持ってきたものの1つにそれがあったことを思い出すでしょう。クリスマス前、アドベントの時に歌いました讃美歌2編52番「われらは来たりぬ」の4節の歌詞にも出てきます。第3の博士の言葉として歌われています。「我が持ち来たれる没薬献げて、み苦しみの日に備えまつらん」。
奇しくも、30数年前、東方の博士たちが持って来た宝物、それが予言としてここに成就したということができます。
墓へ
ともかく葬式をする暇もなく、短時間のうちに遺体となってしまったイエスさまを葬らなければなりません。というのは、42節に書かれていますが「その日は準備の日」だったからです。何の準備の日かと言いますと、過越祭の準備の日であり、また安息日の準備の日でした。そしてユダヤ人の時間で言いますと、その日の日没から次の日が始まります。ですから日没から安息日が始まります。安息日になると、作業ができなくなります。ですから、日没までのわずかな時間にイエスさまを十字架から取り下ろした上に、ご遺体を整え、墓に葬らなくてはなりません。イエスさまの墓などあるはずもありません。さあ、どうする?‥‥という状況です。
するとその墓は、このヨセフが用意した。マタイ福音書を見ると「岩に掘った自分の新しい墓」(マタイ27:60)と書かれています。それはちょうど死刑場であるゴルゴタの丘のそば、下の方にありました。すぐ近くです。時間が迫っているこの時、ヨセフの墓がすぐそばにあった。ヨセフは、これも神の導きだと思ったことでしょう。(41節)「誰もまだ葬られたことのない新しい墓があった」。
ゴルゴタの丘とイエスさまの墓は、現在はエルサレムの聖墳墓教会の中にあります。しかし実は、もう一つのゴルゴタの丘とイエスさまの墓の候補があるんです。これは、もう一つのゴルゴタの丘の候補の近くにある「園の墓」というお墓の写真です。イギリスのゴードン将軍が発掘したものです。こっちが実は本当のイエスさまの墓ではないか、という人もいるんです。中をのぞくと、まだ作りかけの新しい墓であることが分かります。当時の墓の雰囲気が分かります。
ヨセフとニコデモの2人とおそらくその使用人たちが、イエスさまの遺体に香料を添えて亜麻布で包んで葬りました。あわただしい中でも、手厚く葬りました。
墓というのは、この世の人生の終着駅です。無言の場所です。あとは故人を偲んでお参りする場、それが墓です。「親孝行したいときには親はなし」、「ざんげの値打ちもないけれど」。手厚く葬り、お参りすることでせめての赦しを乞う心境に似ているに違いありません。そんな心境を抱えつつ、二人は墓を後にしました。
これで、イエスさまの物語は、すべて終わった、かに見えました。バッハのヨハネ受難曲もこの場面で終わります。コラールと呼ばれる会衆賛美、悲しげなメロディーと共に最後に主イエスを賛美して終わります。
しかしこの葬りは、次の場面の幕開けに続く、1つの幕に過ぎませんでした。それは復活の場面へと、再び幕が開くことになるのです。したがって、ヨセフとニコデモの業は、新たな幕の舞台を整えるために用いられることとなったのです!
遅すぎるということはない。神に対しての心からの祈り、行いは、用いられるんです。悔いあらためるということに遅すぎることはない。イエスさまを信じると言うことに、遅すぎるということは絶対にありません。「もっと若いときにイエスさまを信じればよかった」と思うかも知れません。しかし今日の聖書の出来事は、次にイエスさまの復活を控えているゆえに、遅すぎることはないということを教えてくれます。
たいせつなのは「今」です。今、イエスさまを信じるならば、そこから新しい幕が開くのです。私たちも「今」、あらためて主を信じることを告白し、主をほめたたえる。何度でも悔いあらためる。私たちの主は、そこから再びまた新しい1ページを始めてくださいます。
ちなみに、古代教会の指導者アウグスティヌスによりますと、あの使徒言行録に出てくる教会最初の殉教者ステファノの遺体が発見されたときに、ニコデモの遺体もそこに見つかったことを書いています。つまり、このあとニコデモは復活のイエスさまに出会うことができた。そして教会に加わったんです。文字通りよみがえりの命、あの晩イエスさまに尋ねたことの答えをいただいたんです。イエス・キリストの所に命あり、と。アリマタヤのヨセフもまた同じだったに違いありません。
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