2025年10月19日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 イザヤ書53章3
    ヨハネによる福音書18章15〜27
●説教 「泥沼の中の光」小宮山剛牧師
 


   ペトロの否認
 
 本日読んでいただきました聖書の箇所。これは一般に「ペトロの否認」と呼ばれる箇所です。すなわちイエスさまの弟子であるペトロが、イエスさまのことを否定したという所です。
 このペトロの否認の出来事は、新約聖書の4つの福音書すべてに記録されています。たしかにこの出来事はショッキングな出来事です。ペトロはイエスさまの忠実な弟子でした。最初からイエスさまに従っていきました。弟子の筆頭と目されていました。そのペトロが、イエスさまを否定したというのですから驚きです。一体どうしてそのようなことになったのか? 誰もが驚きます。
 そもそもペトロは、きょうのできごとの数時間前、どこまでもイエスさまに従って行くと誓っていました。しかしイエスさまは、今晩ニワトリが鳴く前に、ペトロが三度もイエスさまのことを知らないというだろうと予告しておられました。その前後にペトロはどんなことがあってもイエスさまに従って行くと誓っていました。
 マタイ福音書26章35節と、マルコ福音書14章31節では、ペトロは「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言っています。ルカ福音書22章33節では「主よ、ご一緒になら、牢に入って死んでもよいと覚悟しております」と言っています。ヨハネ福音書13章37節では「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます」と言っています。
 このように、全福音書がペトロがイエスのために命を惜しまないことをこの日、誓っていることを書き記しています。そのペトロが、自分の誓いに反して、イエスさまの予告通り、夜明けを告げる鶏が鳴く前に3度イエスさまのことを否認するに至る。‥‥いったいどうして?!‥‥と思います。私たちの心臓もどきどきいたします。
 今まで私は、逗子教会で、マタイとルカの福音書で連続講解説教をしてまいりました。ペトロの否認の箇所も読んでまいりました。そこではペトロの人間としての弱さが浮き彫りにされている印象を受けました。たとえばマタイの福音書では、女中から「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言われた時、ペトロは「何のことを言っているのか、わたしには分からない」と答えました。2回目には、「そんな人は知らない」と言いました。3回目には呪いの言葉さえ口にしながら「そんな人は知らない」と誓いました。すると夜明けを告げる鶏が鳴きました。ペトロはイエスさまの言葉を思い出して、外に出て激しく泣いたと書かれています。マルコ福音書、ルカ福音書もほぼ同様に書かれています。
 すなわちそれら3つの福音書では、ペトロという人間の弱さを描いています。自分も捕らえられるという恐ろしさ、それゆえにイエスさまを知らないと言ってしまった弱さ。そういう印象を受けます。
 しかし、このヨハネの福音書では、それら3つの福音書とはまた違った印象を受けます。しばしば申し上げていますように、ヨハネによる福音書は、新約聖書の中の4つの福音書の中で一番最後に書かれた福音書です。ヨハネは、他の福音書を知った上で、このヨハネによる福音書を書いています。そして他の福音書には書かれていないこと、およびまたそれらには書かれていない視点で見たことを書いています。
 
  ペトロはなぜ否認したか?
 
 さて、なぜペトロはイエスさまのことを否定したのか。イエスさまのためなら命も捨てると誓ったペトロが、なぜイエスさまのことを否定したのか?
 ヨハネ福音書を読みますと、いざとなった時に人間の弱さが露呈して、見捨てたというような描き方ではありません。それは前回の個所、ゲツセマネの園でのイエスさまの逮捕の時、剣を抜いて大祭司の手下に打ちかかったのがペトロであると、名前を明かしたことがヒントとなっています。他の福音書は、剣を抜いて大祭司の手下に打ちかかりその右の耳を切り落とした人の名前を書いていません。しかしヨハネ福音書は、それがペトロであったと初めて名前を明かしています。すなわち、ペトロは本当にイエスさまのためなら命を捨てる覚悟があったことを強調しているんです。
 ところがそのペトロに対してイエスさまは、「剣をさやに納めなさい」と言われました。ペトロはびっくりしたことでしょう。「えっ???」という感じです。なぜなら、ペトロはイエスさまがメシア、救世主であると信じていた。そしてそのメシアというのは、当時の多くのユダヤ人が思っていたように、剣を抜いて戦うメシアだったからです。武装して戦う戦争指導者であり、解放運動家としてのメシアだったのです。そういうメシアがイエスさまだと思ってきた。そしてイエスさまが逮捕される瞬間、今こそ剣を抜いて決起する時だと思ったはずです。ここから戦いが始まるのだ、と。
 ところがイエスさまは「剣をさやに納めなさい」とおっしゃった。それでペトロは驚いた。ペトロは何がなんだか分からなくなったに違いありません。「イエスさまは本当にメシアだろうか?」と思ったかもしれません。
 
   大祭司の邸宅にて
 
 捕らえられたイエスさまは、アンナスの家に連れて行かれました。アンナスという人は、その年の大祭司カイアファのしゅうとであると描かれています。大祭司というのは、ローマ帝国占領統治下のユダヤでは、ユダヤ人のトップです。そして一人しかいません。しかしイエスさまを捕らえた人々は、イエスさまを大祭司カイアファの所ではなく、アンナスの所に連れて行きました。アンナスはカイアファの前の大祭司でした。そして実力者でした。隠然たる勢力を持っていました。イエスさまはまずそこに連行されました。
 ペトロともう一人の弟子が、大祭司の邸宅に行ったことが書かれています。アンナスは前大祭司でしたが、大祭司を辞めても大祭司と呼ばれる習わしがあったようです。「もう一人の弟子」というのが誰のことなのかは分かりません。彼は大祭司の知り合いであり、二人は中に入れてもらうことができました。
 
   否認
 
 ペトロがなぜ大祭司の邸宅までついていったのか?‥‥いったんは剣をさやに納めたものの、このまま終わっていいのかと思ったかも知れません。イエスさまに従ってきたこの数年の歩みを、このまま終わってしまうことがためらわれた。去るのも惜しいし、かといってもはや剣を抜くことができない。そういう中途半端な思いです。
 しかしペトロのその中途半端な迷いを断ちきらせるひと言が、ここでペトロにかけられます。それが門番の女中の言葉でした。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか?」(17節)。
 こちらはレンブラントの描いたこの場面の絵です。暗闇の中、女中の持ったともし火が、ペトロの苦渋の表情を浮かび上がらせています。
 女中はペトロに問いました。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか?」。答えは、YesかNoかの二つに一つしかありません。この問いはペトロにとっては、「剣をさやに納めなさい」と言って決起せず、おとなしく捕らえられていったイエスの弟子なのか?‥‥という問いでした。おれは、剣を抜くことをせず戦いに決起しなかったイエスの弟子なのか?と。
 ペトロは「違う」と答えました。それは自分も捕まることを恐れたゆえに出た言葉というよりも、ペトロの考えていたメシア像と違う、それゆえにもはやイエスの弟子ではないという答えのように聞こえます。決起して戦うことをしないメシア‥‥それはペトロにとっては、もはやメシアではない‥‥それゆえの「違う」という答え。私は、もはやイエスの弟子ではない。‥‥とっさの答えは、ペトロ自身に断を下したのです。
 大祭司の僕や下役たちは、たき火にあたっていました。ペトロも一緒にたき火にあたっています。これは、今やペトロは周りにいる人たちと同じであることを表しているように見えます。すなわち、イエスという方が本当は何者であるかが分からない人たちと同じになってしまったのだと。
 
  鶏鳴
 
 続いてペトロは、2度目、3度目の否認をいたします。ヨハネ福音書は、やはりペトロの言葉として「違う」という言葉以外を書いていません。「違う」。私の考えていたメシア=キリストとは違う、と聞こえます。
 すると夜明けを告げる鶏が鳴きました。イエスさまの予告通りでした。そしてペトロが外に出て激しく泣いたことは、ヨハネ福音書は書いていません。すなわち、ヨハネ福音書は、ペトロは自分かわいさに捕まることを恐れてイエスさまを否定したのではないと言いたいのだと思います。自分の考えていたメシアと、イエスさまが違ったので、ここでイエスに見切りをつけたのだと。そう書きたいのだと思うんです。
 考えてみますと、これまでもヨハネ福音書は、イエスさまを信じたり離れたりする人々の姿を書いてきました。イエスさまのなさる奇跡を見ると信じるけれども、イエスが天からの命のパンであることは信じられない‥‥という具合です。そしてペトロも同様であった。そのようにヨハネは書きたかった。
 
   イエスのもとを去る人々
 
 イエスさまの奇跡を見ると信じるけれども、自分たちの考えたメシアの姿と違うと思うと去っていく人々。これは現代でも同じではないでしょうか。一度はイエスさまを信じたのだけれども、やがて去っていく。そういう人がいます。
 しかしこれはそういう人を責めていっているのではありません。なによりも、私自身がその一人だったからです。私は一歳の時に肺炎で死にかけたのを、教会の牧師と信徒、そして両親の祈りによって奇跡的に助けられました。以来ずっと教会に通いました。そして大学生になって郷里を去って、岡山に行きました。そこでも最初しばらくは教会に通いました。しかし、ある日、久しぶりに教会の礼拝に行くと、私をひどい目に遭わせた大学教授が隣に座っていました。あとで牧師に聞くと、その教授は教会の長老さんだということでした。私は頭にきて、それから教会に行くのをやめました。信仰も捨てました。
 ですから私は、その大学教授のためにイエスさまのもとを去ったと思っていました。しかしクリスチャンになってから冷静になって考えると、それだけではないことが分かってきました。私は大学生時代に、新左翼学生運動に関わるようになりました。思想的にマルクス主義に傾倒していきました。マルクス主義は無神論です。そして左翼運動は、社会的弱者、また差別、そして反戦運動に取り組むというのがおもなテーマです。それは結構なことではあるんですが、敵を徹底的に攻撃するんですね。争ってばかりでした。悪いやつはやっつけてもかまわないという考え方になっていくんです。いっぽうで、自分が悪いなどとは思わないわけです。
 そうすると、イエスさまのおっしゃった言葉、たとえば、「敵を愛しなさい」というような言葉は、なにかとてつもなくむなしい言葉に聞こえてくるんです。そういう背景が実はあったんです。そのうえで、例の教授のことがあった。だから理由は一つではないんですね。
 ペトロがイエスさまのことを否認した理由も、一つではなかった。ヨハネはそのもう一つの側面を書いている。ペトロが人間として弱かったということではない。ペトロは本当にイエスさまのために命を捨てる覚悟があったのだ。しかしイエスさまは、ペトロが期待したメシアの姿とは違った。それが、「あなたもイエスの弟子だ」と言われた時、「違う」という答えになった。
 一度はイエスさまを信じたけれども、やがて去っていく人々。その中にペトロもいたし、この私もいたんです。
 
   復活のキリストとの出会い
 
 ペトロはイエスさまの弟子であることから去りました。イエスさまのもとを去っていきました。このあとペトロの姿は表から消えます。ふたたびヨハネ福音書でペトロが出てくるのは復活の場面です。このあと十字架につけられ、死んで墓に葬られたイエスさま。そのイエスさまの墓が空になっていたというニュースが飛びこんできた時です。
 イエスさまはすべてをご存じだったのです。ペトロがイエスさまにつまづくこともご存じでした。そのイエスさまが復活なさった時、ひとことでもペトロや弟子たちのことを責めておられません。むしろ喜ばしい姿で現れておられます。そういうあなた方を救ったのだ。そのために私は十字架へ向かった‥‥そのようにおっしゃられるでしょう。
 私たちはそういうイエスさまを信じています。私たちのすべてを信じて、受け入れ、招き続けてくださるイエスさま。この方を主と仰いでいます。


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