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2024年7月7日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 エレミヤ書1章8
ヨハネによる福音書6章16〜21
●説教 「湖上のイエス」 小宮山 剛牧師
津田梅子
先週は、新しいお札が発行されたことが話題となりました。それぞれのお札の顔は、1万円札が日本資本主義の父と言われる渋沢栄一、5千円札が女子教育に尽力した津田梅子、千円札が近代日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎に代わりました。いずれも明治時代に活躍した人です。そのうち、津田梅子がクリスチャンです。
私が子どもの頃のお札の顔といえば、1万円札と5千円札が聖徳太子、千円札が伊藤博文、5百円札が岩倉具視、百円札が板垣退助でした。百円や5百円がお札だったですね。それが1984年にデザインが変わって、1万円札が福沢諭吉、5千円札が新渡戸稲造、千円札が夏目漱石となりました。このうち新渡戸稲造がクリスチャンです。新渡戸は、内村鑑三と札幌農学校の同期で、第2期生でした。
さらに2004年にまたデザインが変わりました。1万円が福沢諭吉で留任、5千円が樋口一葉、そして千円が野口英世。このうち野口英世がクリスチャンです。野口は明治28年、18歳の時に福島県の若松栄町教会にて洗礼を受けました。
そして今回は、先ほど申し上げたように津田梅子がクリスチャンです。つまり1984年以降は、デザイン更新のたびにクリスチャンが登場しています。これは日本におけるクリスチャンの割合からいうと、相当多い割合となります。明治期のクリスチャンは、新しいことにチャレンジし、時代を切り拓いていったということがうかがえます。
津田梅子は現在の津田塾大学の創設者であり、日本における女子教育の先駆者と言われます。父は津田仙。津田仙は、同志社を創立した新島襄、教育家であり啓蒙思想家である西村正直(まさなお)とともに、「キリスト教会の三傑」と呼ばれています。その彼がクリスチャンとなる前に、梅子が生まれました。梅子が生まれた時、仙は「また女の子か」と言って落胆し、名前もつけなかったそうです。それで仕方なく母親が、部屋の鉢植えの梅を見て「梅(むめ)」と名付けたそうです。そして梅子が6歳の時に、父・仙が政府の女子アメリカ留学事業に応募したのです。そのとき5名の女子がアメリカに行きましたが、6歳の梅子は最年少でした。家族を離れて6歳でアメリカに留学させるというのも酷な気もしますが、それには梅子自身の希望もあったそうです。
アメリカでホストファミリーとなったのは、チャールズ・ランマン夫妻でした。この夫婦は熱心なクリスチャンだったそうです。そして子どもがいなかったので、梅子を我が子のように育てたそうです。そして梅子は8歳の時に洗礼を受けたいと言ったそうです。ランマン夫妻は梅子に信仰を勧めたことは全くなかったそうですが、梅子は、ふたりの神さまを中心とした二人の生活を間近に見て、そして日曜学校で聖書を学ぶ中で信仰が芽生えていったのです。梅子の信仰告白が明確なことから、幼児洗礼ではなく、成人洗礼を受けました。
ランマン夫妻の神さま中心の信仰生活を見て、自分も洗礼を受けたいと思った。そのような信仰生活でありたいと思いました。
ひとりになって祈るイエス
さて、ヨハネによる福音書の続きの箇所です。前回、イエスさまは少年のささげた5つのパンと2匹の魚という大切なお弁当を用いて、1万人ほどの人々のお腹を満たすという奇跡を行われました。この男の子の大切なお弁当、それは人間の目には、1万人の人々の空腹を満たすには、なんの役にも立たないものに見えます。しかしそれをイエスさまに献げた時、イエスさまはその心からの献げ物を用いられたのでした。
さて、それを見た人々は、イエスさまを王にするために連れて行こうとしたと書かれていました。このイエスという方が王になれば、食いっぱぐれがないということでしょう。いつの時代も、政治のトップは、人々を食べさせることができるかどうかです。それを知ったイエスさまは、それを避け、一人で山に退かれました。
このことについて、マタイによる福音書とマルコによる福音書の同じ個所では、ひとりになって祈るために山へ行かれたと書かれています。そして弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へと先に行かせられた。そこまでして、ひとりになって祈る。イエスさまにとって、父なる神さまとの祈りの時を持つということが、いかに大切なことであったかということが分かります。祈りとは単なるお願いではありません。神さまとの霊的な交わりです。このときはすでに夕方でした。そして、ガリラヤ湖上で難儀している弟子たちの舟に行かれたのは、マタイとマルコの福音書によると夜が明けることですから、イエスさまは何時間も父なる神さまと祈りの時を持たれたことが分かります。私たちは神さまとの祈りの時間をもつということを、それほど大事なことだと思っていることでしょうか。イエスさまにとっては、それほど大事なものであったのです。
嵐の湖の上のイエス
弟子たちは、舟に乗って湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとしました。すでに暗くなっていたと書かれています。ところが、湖の上にこぎ出すと、強い風が吹いてきて、湖が荒れ始めました。このように突然強い風が吹いて、海が荒れるということは、ガリラヤ湖では珍しいことではなかったようです。弟子たちの中には、少なくとも漁師が4人いましたが、このように荒れるということは読めなかったのでしょう。
私たちの人生でも、予想もつかない嵐に見舞われることがあります。突然、危機が襲ってくることがあります。予測ができません。それは突然やってきます。
弟子たちの乗った舟もそうでした。波は逆巻き、強風に煽られ、舟は前後左右に揺れる。舟といっても、12人の弟子がようやく乗れるような小さな舟でしょう。へたをしたら波をかぶって沈没します。海ですから、放り出されればたちまち命の危機に直面します。しかし海の上ですから、助けを呼ぼうにも呼べません。しかも真っ暗闇。どうすることもできません。私たちの人生にも、同じようなことに直面することがあります。
水の上を歩くイエス
「25ないし30スタディオンばかりこぎ出した頃」と書かれています。これはキロメートルに直すと、5キロ前後ということになります。ガリラヤ湖というのは、東西に10キロ、南北に20キロという南北に長い形をしています。だいたいガリラヤ湖の中ほどということになるでしょうか。かなり逆風に悩まされていたようです。そのとき、イエスさまが湖の上を歩いて舟に近づいて来られた。
湖の上を歩く。すなわち水の上を歩いてこられた。‥‥ちょっと戸惑う感じがいたします。たしかにイエスさまは、これまでも多くの奇跡をなさってこられました。婚礼の席で、水をぶどう酒に変えられました。また多くの病気の人を癒やしてこられました。しかし、湖の上を歩くというのは、またちょっと違うような印象を受けます。なにか違和感のようなものを感じないでしょうか。
これは手品、マジックではないのです。昔テレビを見ていたら、マジシャンのミスター・マリックが水の上を歩いていました。しかしそれはマジックであり、タネも仕掛けもあるわけです。しかしイエスさまの場合、マジックではないんです。すると何か、映画を見ているような、荒唐無稽なフィクションのようにも見えるんです。もちろん、イエスさまは神の子だから、なんでもできるのだと言ってしまえばそれまでですが。
それで、この出来事について、これは実は岸辺に近い浅いところだったのだ、イエスさまはその浅瀬を歩いたのだ、と大真面目で解説してみせる学者もいるほどです。しかしそれだと、マタイ福音書が書いている同じ個所とつじつまが合わなくなってしまいます。マタイ福音書のほうでは、弟子のペトロが、私もイエスさまのところに行かせてくださいとお願いし、イエスさまが「来なさい」とおっしゃったので、ペトロは舟から湖の上に下りて、何歩か歩きました。しかし風を見てこわくなり、溺れそうになったと書かれています。そしてイエスさまが手を伸ばしてペトロを助け上げた。‥‥もし浅瀬だとしたら、ペトロが沈んで溺れかけたということは起きません。
ですからここは丁寧に読む必要があります。弟子たちは、夜の湖の上を歩いて近づいてくるイエスさまを見て「恐れた」と書かれています。なにを恐れたのか?‥‥マタイ福音書とマルコ福音書を見ると、「幽霊」だと思って恐れたと書かれています。たしかに夜の海の上を白っぽい服を着た人が歩いてくれば幽霊だと思うのも無理はありません。しかしヨハネ福音書では「幽霊」だと思って恐れたとは書かれていません。ただ「恐れた」。つまり、幽霊だと思って恐れた弟子もいれば、単に恐れた弟子もいた。ヨハネ自身この舟に乗っていましたから、ヨハネも単に恐れたのでしょう。ではなぜ恐れたのか?
私たちは、こんな所に人がいるはずがないと思うところに突然人が現れると、恐れおののきます。たとえば、誰もいないはずの部屋の戸を開けたら、そこに人が立っていたら恐れおののきます。そういう恐れに近いのではないでしょうか? 真夜中の、強風吹き荒れる湖の真ん中に、人が近づいてくる。驚き恐れる。リアルです。このリアルさは、たしかにこの出来事が起こったのだということを雄弁に物語っています。
もっといえば、この「恐れ」には、神への恐れという意味が含まれていると考えられます。なぜなら、このギリシャ語には、畏敬の念を抱くというほうの畏れの意味も含まれているからです。こんな所に人がいるはずがない。こんな所に助けに来てくれる人が来れるはずがない。そして、そこに近づいてくるイエスさまに神を見た。神への畏敬の念が生じた‥‥そういうことだったのではないか。
来ることのできるはずのないところに来てくださるイエスさま。その姿が浮き彫りにされています。海の上で、苦労し、格闘している弟子たちのところに近づきたもうキリスト。その姿です。それはそのまま私たちのところにも来てくださるイエスさまを示しています。‥‥苦労し、苦闘している私。この私を助けることのできる人がいるはずがない。そのいるはずがないところに、イエスさまが来てくださっている。その意外さのゆえの驚きであり、恐れです。
イエスを迎え入れようとする
ヨハネ福音書は、さらに不思議なことを続けて書いています。21節です。「そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。」
イエスさまを迎えようとしたら、まもなく舟は目的地に着いたという。この書き方では、イエスさまが弟子たちの舟に乗ったのか、乗らなかったのか、よく分かりません。しかしここは聖書を疑うのではなく、もっと深く考えるべきところでしょう。
そうするとこれは、イエスさまを舟に迎え入れようとしたという、その弟子たちの行動に焦点を当てているのではないでしょうか。実際にイエスさまを舟に迎えたかどうかということよりも、近づいてこられたイエスさまを舟に迎え入れようとした。その「迎え入れようとした」という態度がポイントであり、大切なことなのだと。
ふつうは、舟が目的地に到着することが目的でしょう。つまり目的地に到着したら、助かったということだと思うでしょう。しかしここでヨハネが言おうとしていることは、そうではなく、その前にイエスさまを迎え入れようとしたことで、すでに問題は解決しているのだということではないか。すなわち、私たちの目的は、イエスさまを迎え入れようとするその心の態度によって、もう解決しているのだ、目的は果たされている。そのように聖書は語っているのではないか。
昨年11月に突然の心筋梗塞によって、救急車で横須賀共済病院に運ばれたとき、私は死ぬのかなと思いました。しかしその時与えられた平安は、言葉に尽くせないものでした。そのような平安をいったいだれが与えることができるでしょうか?‥‥イエスさま以外にはいません。そのような私の心の中に、いったい誰が来ることができるでしょうか?‥‥イエスさま以外にはいません。そのイエスさまを迎え入れる。そうすると、目的はすでに達成されている。死んでも天国、そういう平安でした。
19世紀に主によって用いられた説教者にスポルジョンという牧師がいます。スポルジョンの著作は、今でも多くの人が愛読しています。そのスポルジョンの言葉に次のようなものがあります。「あらゆる試みの中で神の御手を見ることができるように、神からの恵みを叫び求めよ。また、直ちに御手にゆだねることのできるように恵みを叫び求めよ。ゆだねることのみならず、それに黙って従うこと、それを喜ぶこと‥‥そこまで来る時、おおむね問題は終わりにきていると私は思う。」
テサロニケの信徒への第一の手紙5章16〜18節に「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」と書かれています。自分の抱えている問題も主がご存じであることに感謝する。そして主にゆだね、感謝する。言葉を変えて言えば、近づきたもうイエスさまを迎え入れようとする。そのとき、問題はおおむね終わりに来ている。あとはイエスさまにお任せすればよいのです。感謝なことです。
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