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2024年2月18日(土)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 エゼキエル書47章1
ヨハネによる福音書4章1〜15
●説教 「生ける水」小宮山剛牧師
イースターとレント
先週、妻が市内のある店から、イースターのチョコレートを買ってきました。袋には「ハッピー・イースター」と書かれており、中にはウサギの絵の包み紙で包まれた小さな丸いチョコがたくさん入っているものでした。
今では世の中でもイースターが認知されるようになり、イースターに関連した商品もいろいろ売られるようになりました。そのことはけっこうなことなのですが、それにしては本家本元の教会は何もしていないよね?‥‥と思われる方も多いのではないかと思います。たしかにクリスマス前は、教会もクリスマスツリーを飾り、リースを飾り、イルミネーションを用いて、クリスマスの近づいていることを知らせています。クリスマスはイエスさまの降誕をお祝いする時ですが、もう一つのイースター(復活祭)もまた同じく境界の大事な祝祭日に違いありません。なのにイースターのほうは事前に何の飾り付けもしませんし、なにか地味な印象です。
それはなぜか?ということですが、それはイースターの前はレント(受難節)の期間であるからです。すなわち、イエスさまが十字架にかけられていく、その苦しみを思い、悔い改めの心をもって過ごす期間とされているからです。昔の教会は、特にこのレントを意識して過ごしました。たとえばレントの40日の期間中はおいしい肉料理を食べないとか、派手なことを控えて質素に過ごすとかいたしました。そして節約したお金を「克己献金」として献げるということもしました。私が最初に牧師を務めた輪島教会でも「克己献金箱」というものが置かれていました。今ではそのような形よりも、聖書を読んで祈るという信仰生活に励むきっかけとするように考えられることが多いと思います。
そういうわけで、先週の水曜日からレントの期間に入りましたが、教会ではイースターの前にあるイエスさまの十字架の苦しみを黙想する時としています。
イエスの洗礼
本日の聖書箇所で、イエスさまは南部のユダヤを去って北部のガリラヤへ向かわれます。1節を見ると、イエスさまが洗礼者ヨハネよりも多くの弟子を作り洗礼を授けていることがファリサイ派の人々の耳に入ったことを知ると、と書かれています。ファリサイ派の人々との対立を激化させる時ではないと思われたのでしょうか、あるいはヨハネに余分な迷惑をかけたくないという思いからでしょうか、ユダヤを去ってガリラヤへ向かわれた。
そして2節に「洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである」と書かれています。前の3章26節でも洗礼者ヨハネの弟子たちが、イエスさまが洗礼を授けていると言っていました。しかし実際には、イエスさまが授けていたのではなくイエスさまの弟子たちが授けていたという。なのにイエスさまが授けていると言われる。これはどういうことなのか?
それはこういうことでしょう。たとえば、よく出される引っかけクイズみたいなものがあります。「江戸城を作ったのはだれでしょう?」というクイズ。たいていの人は「太田道灌だ」と答える。すると「残念でした。大工さんです」と落ちがつくというクイズです。これと同じようなことだと思います。つまり、実際には弟子たちが洗礼を授けていたけれども、それはイエスさまの代理で授けていたのだということです。
たとえば教会でも、「私は○○先生から洗礼を受けました」という言い方があります。もちろんそうなんですが、本当のことをいうと「イエスさまから洗礼を受けた」ということなんですね。牧師はイエスさまの代理として洗礼を授けたに過ぎません。どの牧師から洗礼を受けても、イエスさまから洗礼を受けたんです。ですから、有名な○○大先生から洗礼を受けたから、特別に御利益があるというものではありません。だれから授かっても、同じイエスさまの洗礼です。
サマリアを通るイエス
イエスさまは北部のガリラヤ地方に向かわれました。しかし4節にはこう書かれています。「しかし、サマリアを通らねばならなかった。」
聖書の地図を見ますと、ユダヤからガリラヤに行くには、まっすぐ北上するとサマリアを通ることになります。しかし実はユダヤ人は、サマリアを通らずにガリラヤと行き来していました。つまり、いったんヨルダン川を渡って北上し、それからまたヨルダン川を渡ってガリラヤに行ったんです。どうしてそんな遠回りをしていたかというと、今日の9節にもヒントがありますが、ユダヤ人とサマリア人は反目していたんです。だから遠回りをしていたんです。
どうして反目し合っていたかということなんですが、ユダヤ人とサマリア人はもともとは同じイスラエル人だったんです。ところが、この時よりも約750年前にサマリアはアッシリア帝国によって侵略され、滅亡しました。そのときにサマリアに住むイスラエル人の一部がアッシリアに捕囚にされた。つまり連れて行かれたんです。代わりに、東方の国から異民族がサマリアに移されて住むようになった。そして混血していったんです。その結果、民族的にも宗教的にも、ユダヤ人とサマリア人は微妙に異なることになりました。それで仲が悪くなったんです。遠くから見ると、お互い近い存在なんだから仲良くすれば良いのに、と思いますが、近いものどうしのほうが仲が悪いというのは、この地球上どこでもあることです。
そのように、人間社会では、中身ではなく外側のことでレッテルを貼ることが多い。日本人、韓国人、ロシア人、インド人‥‥のように、あるいは白人、黒人、東洋人というように、まずその人の出自を問題とする。そしてレッテルを貼るんです。最初から境界線が引かれます。そして偏見の目をもって見てしまう。しかし、イエスさまにとってはそのような壁は全くないんです。ふつうに近道として、弟子たちを連れてサマリアを通られる。
注意したいのは4節です。4節「しかし、サマリアを通らねばならなかった。」と書かれています。これは読み方によっては、「通りたくなかったけれども、通らねばならなかった」というようにも読めますが、実はそうではないんです。このギリシャ語の意味は、「通る必要があった」という意味なんです。現代訳という聖書を翻訳なさった尾山令仁先生は、「それには一つの目的があった」とひと言付け加えて訳しているほどです。つまり、目的があってサマリアを通る必要があったということになります。その目的というのは何だったのでしょうか? 読めば読むほど、それはこのあとの出会いのためであったと思わざるをえなくなります。
出会い
サマリア人の土地に入って、イエスさまは旅に疲れてヤコブの井戸で休まれました。「ヤコブの井戸」というのは、イスラエル人にとっては先祖のヤコブが掘った井戸として誰もが知っている井戸でした。「正午ごろのことである」と書かれています。ヨハネによる福音書では、時刻に関する記述がしばしば出てきます。そして時刻に関する記述が出て来る時、そこではたいせつな出会いがあったことを示しています。「この人と出会ったのは、この時であった」というような強調の表現ですね。それがここでは「サマリアの女」と呼ばれるひとりの女性との出会いでした。その女性との会話へと場面は移ります。弟子たちは、近くのシカルの町に食べ物を買いに行っていました。ですから、井戸のらにはイエスさまがひとりでおられました。
ヨハネによる福音書では、ニコデモの時もそうでしたが、イエスさまとの一対一の対話がよく書かれています。それで、イエスさまがどういう方なのか、どのように人と接せられるのかということがよく分かります。それはとりもなおさず、この私たちに対してイエスさまがどのように接せられるのか、ということに通じます。
ヤコブの井戸に水を汲みに来た女性。イエスさまは彼女に向かって「水を飲ませてください」と声をおかけになりました。この井戸は、中の水面までだいたい30メートルほどもあるという深い井戸でした。水を汲むための器は持参しました。しかしイエスさまはその器を持っていなかった。だから水を汲みに来たこの女の人に「水を飲ませてください」と頼んだわけです。
すると彼女は驚いて言う。「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と。それは先ほど申し上げたように、ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからでした。なお、なぜこの人がイエスさまがユダヤ人であることが分かったかというと、それは方言ですね。彼女の言葉からも、ユダヤ人とサマリア人は反目しあっていたことが分かります。しかしイエスさまにとっては、そのようなことは関係ありません。真昼の炎天下で、単純にのどが渇いた。だから水を飲ませてくれと。ここから対話が始まります。
サマリアの女
さて、この女性ですが、この人はどういう人なのか。そんなこと分からないと思うかも知れませんが、聖書はヒントを与えてくれているんです。
まず第一に、なぜこの人は町の中の井戸ではなく、町の外にある井戸に水を汲みに来たのか?ということです。なにしろヤコブの井戸は、シカルの町から1キロ以上も離れているそうです。しかも水を汲むというのは、たいへんな重労働です。もちろん町の中にも井戸がある。しかし彼女は町の中の井戸ではなく、そんな町から1キロ以上も離れている井戸まで水を汲みに来ている。それはなぜなのか?
もう一つは、時刻が正午であるということです。つまり真っ昼間です。当時は、水を汲みに行くのはたいてい朝か夕方だったそうです。たしかに重い水の入った壺か桶を担いで歩くには、涼しい時間帯が良いに決まっています。なのにこの人は、ひとり真っ昼間に水を汲みに来ています。
これらのことから、なにかこの人には事情があるのではないかと想像できるわけです。そしてその事情は、次回の聖書箇所になりますが、18節を見ると分かるんです。実はこの女性は、過去に5人の男性と結婚しており、しかも今同居している男性は夫ではない。そういうことが明らかにされています。どういう事情があったのかまでは書かれていません。しかしそのような人が、町の中でどう言われているのか、想像に難くありません。狭い町です。この女性のことは知れ渡っていたに違いありません。誤解されて、「ふしだらな女」と呼ばれていたかもしれません。陰口を言われ、うわさされ、後ろ指を指されていたのかもしれない。できれば誰も知った人がいない他の町に行きたかった。しかしここで生きていくしかなかった‥‥。それで他人の目を避けるようにして生きていた。町の中の井戸では井戸端会議の格好の餌食となる。それで、人通りの少ない真昼に、しかも町の外遠くにある井戸に水を汲みに来た。‥‥そういうことを想像できます。
だから彼女にとっては、生きるということが重荷でしかなかったかもしれません。ヨハネによる福音書では、「水」がよく出てきますけれども、水でたとえれば、よどんだ水のような状態です。
生きた水
それに対してイエスさまは、「生きた水」のお話しをなさる。「水を飲ませてください」と言ったイエスさまが、「生きた水」の話をなさるので、女性はふしぎに思いました。イエスさまが何をおっしゃっているのかよく分からなかった。
いうまでもなく、水は生きるために必須のものです。このたびの能登半島地震の被災地を見ても、いかに水というものが大切であるかということがよく分かります。その生きるために必ず必要である水。しかし、魂の渇きに対してはどうすればよいのか? それが「生きた水」です。
イエスさまはおっしゃいました。「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(14節)。その人が満たされるだけではなく、その人から泉となって水が湧き出て、他の人をも潤すようになる。
彼女は、イエスさまとの対話によって、イエスさまのおっしゃる「生きた水」というものが、喉の渇きをうるおす物質としての水のことではなく、魂の渇きを癒やすための水であることを悟ったようです。彼女は言いました。「主よ、渇くことのないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」ここで彼女が言った「渇く」というのは、魂の渇きのことに違いありません。そして「ここにくみに来なくてもいいように」というのは、人の目を恐れて、真っ昼間にこんな遠い井戸までくみに来なくてもいいように、ということに違いありません。彼女はイエスさまに救いを求めたのです。イエスさまのことを「主よ」と呼んでいることからも分かるように、イエスさまへの信仰が芽生えたのです。尊いことです。
旧約聖書は、エゼキエル書の47章1節を読みました。そこではエゼキエルが新しい神殿の幻を見せられました。そして新しい神殿から流れ出る水が、川となり、さらに大河となって流れるさまが書かれています。神の御座から流れ出る真清水です。
そのように、イエスさまが与える水を飲む者は、決して渇かないばかりか、その人の中で泉となって流れ出て他の人をも潤すようになる。あなたは今、自分のことで精いっぱいであるが、そのあなたが満たされるばかりか、他の人の魂も潤すような者へと変えられるのだ、と。彼女はそこに希望を見出したのです。そんなことができるとは思えない。しかしこの方、イエスさまにお会いして、この方ならおできになるに違いないと。
この生きた水というのは、聖霊のことであることが、この福音書の7章を見ると分かります。
私も今までの信仰生活の中で、重荷を負い、よどんだ水の中にいたような方が、イエスさまによって変えられて、他の人にも平安を与えるようになるケースをいくつも見てきました。その人の努力で変わったのではないんです。イエスさまを信じることによってその人に与えられた聖霊が、その人を満たした。そして変えられたのです。そして他人をも潤す人となっていった。そのように、聖霊が生きた水にたとえられています。その聖霊の働きがあることに感謝したいと思います。
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