2022年12月11日(日)逗子教会 主日礼拝説教/アドベント第3主日
●聖書 イザヤ書62章11〜12
    エフェソの信徒への手紙1章1〜2
●説教 「信じる者となる」

 
   エフェソの信徒への手紙
 
 本日から、クリスマスや元旦礼拝など特別の祝日を除いて、エフェソの信徒への手紙の連続講解説教に入ります。
 エフェソの信徒への手紙は、以前は「エペソ人への手紙」と呼んでいました。「エペソ」が「エフェソ」に変わったのは、「エフェソ」のほうが実際の発音に近いからということだそうです。そしてこの手紙は、使徒パウロがエフェソという町の教会に宛てて書かれた手紙です。
 私は、このエフェソの信徒への手紙で連続講解説教をするのは、逗子教会に来てからはじめてのことですし、牧師になってからも初めてのことです。福音書は、マタイによる福音書を3月まで扱いました。そして使徒信条を前回で終わりました。今度は使徒書ということで、どこにしようかと祈り、また考えたのですが、この宇宙的と言いましょうか、大局的と言いましょうか、このエフェソ書から共に恵みをいただきたいという思いが与えられた次第です。
 
   エフェソの教会の成立
 
 まず、エフェソという町についてですが、これは現在のトルコのエーゲ海に面しているところにあった町です。当時のエフェソは、現在では遺跡が残るのみとなっているそうです。新約聖書の時代には、ここはギリシャ人の町でした。そしてこの町には、ギリシャ神話に出てくる女神のアルテミスを祀る壮麗な神殿が建っていました。そういうわけで、アルテミス信仰に熱心な町でした。アルテミスという女神は、農作物の豊作と多産をもたらす女神として信じられていました。またアルテミス神殿は、古代の世界の七不思議の一つに数えられています。それほど大きく美しい神殿でした。
 パウロはかつてそこに伝道しました。これは日本で言ってみれば、伊勢神宮や出雲大社のある町で伝道するようなものかもしれません。パウロが初めてここで伝道したのは、パウロの第2回目の世界宣教旅行のときでした。初めてヨーロッパに渡り、ギリシャで伝道した帰り道、エフェソに立ち寄ったことが使徒言行録18章に書かれています。そのときは、ユダヤ人の会堂で福音を語り、「神の御心ならば、また戻ってきます」と言ってすぐにエフェソをあとにしました。
 そしてパウロがエフェソで腰を据えて伝道したのは、次の第3回目の宣教旅行のときのことです。アンティオキアから出発したパウロは、現在のトルコのガラテヤ地方、フリギア地方を通って、エフェソにやってきました。先の宣教旅行で「神の御心ならば、また戻ってきます」と言ったそのエフェソに再びやってきた。ということは、エフェソでキリストの福音を宣べ伝えることが神の御心であったということになります。
 そして使徒言行録19章によりますと、パウロはエフェソのユダヤ人の会堂で3か月間、続けてティラノという人の講堂で2年間、毎日論じていたと書かれています。それだけの間エフェソにとどまって、イエス・キリストのことを語り続けました。その結果、アジア州(アジア州というのは、現在のトルコの中の地域のことです)の人々が、ユダヤ人であれギリシャ人であれ、誰もが主の言葉を聞くことになったと書かれています。同時に、このエフェソでは神はパウロを通して多くの奇跡をなさいました。それは病人がいやされたり、悪霊が追い出されるという奇跡でした。そういうことの結果、多くの人々がキリストの信仰に入り、改宗しました。
 ‥‥と、ここまでは極めて喜ばしく、また順調であったのですが、そうするとそれを苦々しく思う人たちもいました。先ほど申し上げましたように、エフェソは壮麗なアルテミス神殿の門前町です。騒動を起こしたのは、アルテミス神殿の模型を作っていた職人たちでした。神殿の模型というのは、日本で言えば神棚のようなものです。それが売れなくなる。それで彼らは、あのパウロのせいで、神殿がないがしろにされ女神のご威光も失われると言って、パウロの同行者たちを捕まえて騒動を起こしたのでした。それでパウロは、エフェソを去り、次の地に向かって宣教旅行を続けたのでした。
 ちなみに、その第3回宣教旅行では、パウロはギリシャからの帰路にエフェソの近くのミレトスに寄り、そこからエフェソの人をやって教会の長老たちを呼び寄せるということをしています。そしてそこでパウロは、別れの言葉を告げ、最後の教えを述べるのです。パウロは、自分に危機が迫っていることを聖霊から告げられていたようでした。そのように最後の教えを述べるなど、エフェソの教会とパウロは深い関係にあったことが分かります。
 その後、パウロは主から予告されていたとおり、エルサレムに戻った時にユダヤ人の手によって捕らえられ、ローマ兵によって保護されましたが、そのまま裁判を受けることとなり、ローマ帝国の首都ローマへと護送されます。そしてそのローマの獄中にて、この手紙をエフェソの教会に宛てて書いたと思われます。明日、死刑の判決を受けるかも知れない。そういう緊張状態の中で、エフェソの教会にとって大切なことをしたためているのです。
 
   神が主語
 
 前置きが長くなりました。本文に入っていきたいと思います。今日読んだ1〜2節は、手紙の差出人と受取人、そして冒頭の挨拶の言葉が記されている箇所です。それだけだと、何ということもないのですが、注目していただきたいのは、神が主語になっている点です。冒頭からそうです。「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから」と手紙の差出人である自分のことを書いています。神の御心によって使徒とされたのだ、と。そこを強調しています。
 たしかにパウロは、自分から教会の指導者である使徒になったのではありません。使徒言行録9章に書かれているように、パウロはかつてはキリスト教会を激しく迫害していた人でした。しかしまさにクリスチャンを迫害している時に、天から現れたキリストによって回心させられたのでした。そしてイエス・キリストは、それまで教会を迫害していたパウロを招き、福音を世界に宣べ伝えさせる伝道者となさったのでした。
 しかし単に「使徒パウロから」と書いても良いわけです。しかしパウロは、あくまでも神を主語にしています。「神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから」と。自分をキリスト者とし、また使徒となさったのは神であり神の御心なのだと。神さまを主語にしています。
 そしてこれは、実は私たちにも当てはまるはずなのです。先週、たまたま東京神学大学の『遣わされる日のために』という小さな冊子を見ておりました。これは現在牧師になっている人たちが、献身したことの喜びを書いているもので、私の証しも載っているのですが、長野教会の横井牧師の証しも載っていました。それによると、横井先生は、児童養護施設で子どもたちのために働きながら、子どもたちを取り巻く闇の深さの前に、自分の無力さを痛感し、暗中模索している時だったそうです。使徒言行録27章25節の文語聖書の「パウロよ、懼(おそ)るな、なんじ必ずカイザルの前に立たん」という御言葉が与えられたそうです。それはたまたま出席した教会の伝道礼拝でのことだったそうです。説教題は「我、必ずやローマに行かん」であったそうです。自分にとっての「ローマ」とは何か、「カイザル(皇帝)の前に立つとはどういうことか」という問いが心に起こったそうです。そして、「愛を失っている社会」が神様の示された「ローマ」であり、「主が愛を失っている社会に向けて福音を宣べ伝えるようにと、わたしを召してくださった」という確信が与えられたそうです。そこで所属教会の牧師に相談すると「もう一度よく祈りながら考え直してみなさい。それでも思いが変わらなければ2週間後にまた来なさい」と言われたそうです。召命を再確認する2週間であったそうです。そして「必ず」という主のご計画に身を委ねました。‥‥そのように証ししておられました。こうして献身し、伝道者の道を歩まれたのです。
 パウロのように、天からキリストが現れて声をかけるという劇的なものではなくても、神とキリストが主語になるはずなのです。伝道者になるために召命を受ける時ばかりではなく、私たちが教会に導かれたのも同じです。たとえば、自分から教会に行きたくなったからいった、という人でも、実は、主が私に教会に行きたいという心を起こさせてくださって、教会に導かれた、ということなのです。友だちから誘われて教会に行ったという人でも、主が友だちを通して教会へ導いて下さった、ということであるはずです。
 そのように、パウロは、神を主語にして書いています。そこが注目すべき所です。
 
   聖なる者
 
 宛先である「エフェソにいる聖なる者たち」という書き方もそうですね。「聖なる」という言葉は、聖書では神が聖(きよ)い方であるのと同じように聖いということです。神は完全に聖いわけですから、聖なる者たちも、同じように聖いということになります。そしてこの「聖なる者たち」というのは教会の信徒のこと、すなわちクリスチャンのことを指しているのです。
 そうすると、この私たちも「聖なる者」ということになります。すると、「私たちはとてもとても聖なる者などではない」と言うでしょう。そして他の人も「そうだ、あなたは聖なる者ではない」と言うでしょう。たとえば確かにこの世の物差しでいうと、私たちは聖なる者などではあり得ません。罪人であり、穢れた者です。
 しかしこれも、私たちを主語にするのではなく、キリスト・イエスさまを主語にすると事情が変わってきます。すなわち、罪人であり穢れた者であるこの私を、イエスさまは十字架にかかってゆるして下さり、清めて下さった。それで聖なる者としてくださった、ということです。キリストが私たちを聖なる者として下さった。洗礼の水は、キリストが清めて下さる水をあらわしています。神の国にふさわしくない私たちを、神の国に入る資格を与えてくださったのです。そのように、キリストを主語に、神を主語にした時にこの言葉もなり立ちます。
 
   神からの良きものを
 
 2節は挨拶文ですが、祝祷になっています。これもまた神が主語になっています。「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」と「恵み」というのは、一方的に与えてくださるものです。取り引きではありません。売り買いでもありません。無償で与えられるものです。父なる神と主イエス・キリストから、無償で与えられる良いもの。それが恵みです。私たちはただそれを信じるということによって受け取ることができるものです。「平和」とは、単に戦争がないという意味ではありません。「平安」とも訳されますが、和解であり、赦しであり、調和であり、要するにキリストによる救いすべてをあらわしている言葉です。
 それら恵みと平和が、あなたがたにあるようにと祈り願っている。父なる神と主イエス・キリストから与えられるようにと、ここでも神とキリストが主語になっています。
 私たちは、ついつい自分を見てしまうのではないでしょうか。ふだん神を信じない世界の中で生きているので、私たちも神を信じない者のようになってしまうのです。そして神さま抜きに考えてしまいます。「自分はダメだ」「自分にはできない」「自分は見捨てられている」‥‥。しかし神さまを主語にすると、事情が変わってきます。神にはできる、と。キリストはこんな私を愛してくださっている、心配してくださっている、助けを与えてくださる‥‥。恵みと平安を与えてくださる。そしてそれは神の事実です。そのように、神さま、イエスさまを主語にした時に、すべては変わっていくのです。
 教会も同じです。日本人の宗教離れということが現実になっています。「ダメだ」「伝道は難しい」「どんどん高齢化が進んでいく」‥‥。しかしこれは人間の考えであって、神さまが主語になっていません。教会が神さまを主語にすることを忘れてしまってはなりませんが、私たちは弱い者の集まりですから、そうなりやすいのです。しかし主を主語にした時に、事情は一変します。「神にはできないことはない。」「イエスさまはすべての人を招いておられる」「感謝だ」‥‥そのように、主を主語にした時に、絶望は希望へと変えられます。そのことを信じるのが教会です。
 
   福音を語り続ける
 
 それは福音、すなわち「喜ばしい知らせ」そのものです。パウロはエフェソの町で、しかもアルテミスの壮麗な大神殿のある門前町で、2年3か月にわたってキリストの福音を語り続けました。語り続けたのです。聞く人もいたけれども、聞かない人も多かったことでしょう。しかし語り続けた。
 これはコリントの町でのことですが、主はパウロに幻の中でこのようにおっしゃいました。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな」(使徒18:9)。ですから、これも主を主語にした時に変わってきます。主が逗子教会を通して、福音を語り続けられたと。主イエス・キリストの喜ばしい知らせを、主の力によって語り続ける。あらためて、その主の恵みを証しする教会でありたいと思います。


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