2021年1月31日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 詩編64編11節
    マタイによる福音書20章29〜34節
●説教 「何をしてほしいのか」
説教 小宮山剛牧師

 
   エリコの町について
 
 本日の聖書に記されている出来事の舞台は、エリコの町です。この当時の大陸のほうのおもな町は、町全体が城壁で囲われていました。そして町への出入りは、城壁の間に作られた門を通っていたしました。「一行がエリコの町を出ると」と書かれていますが、それはエリコの町の城門を通って出ていったところ、ということになります。
 エリコという町は、旧約聖書のヨシュア記に出てくることで有名です。イスラエルの民が、いよいよヨルダン川を渡って約束の地に入る。その最初の町がエリコでした。そしてそのエリコの町でイスラエルの味方をしたラハブという名の遊女がいましたが、それはイエスさまの直接の先祖になります。また、ルカによる福音書では、エリコの町の徴税人であったザアカイとイエスさまの出会いの物語も有名でしょう。
 さて、そのエリコですが、これは世界最古の町の一つであると言われています。紀元前8千年、つまり今から1万年前には周りと壁で囲った町があったといわれます。またエリコは、世界で最も標高の低いところにある町としても有名です。死海のそばにあるこの町は、海抜−258メートルという低いところにあります。そのように、世界一が二つもあるのがエリコの町です。
 そして、このエリコの町を出て、道はエルサレムの都へと続いています。そこをイエスさま一行は歩き始めています。イエスさまの旅の最終目的地であるエルサレム、十字架の待つエルサレムへ向かって行きます。
 エリコは海抜−258メートルという低い場所にある町ですが、エルサレムは逆に山の上のほうにあります。標高800メートルです。ですから、エリコとエルサレムの標高差は、千メートル以上もあることになります。そしてエリコとエルサレムの間は、直線距離にして約20キロ。これは箱根の山の高さにエルサレムがあるとすると、直線距離で二宮町と小田原の間ぐらいまでがだいたい20キロ。高低差もそんなものです。ですから、イエスさま一行がエリコの町を出てエルサレムへ行くというのは、この神奈川県でいえば、二宮町と小田原の境から、箱根の山に向かって登っていくような感じになるだろうと思います。ちょうど、お正月に行われる箱根駅伝の往路の最終区間という感じと言っても良いでしょう。途中から、かなりの上り坂となっていきます。
 
   二人の盲人
 
 そのエリコの町の城門を出たところで、きょうの聖書の出来事は起こります。二人の盲人がイエスさまによって目を開けられるという奇跡です。
 この出来事は、ほかにマルコによる福音書、ルカによる福音書にも記されてます。それらと比べると、書き方に違いがあることが分かります。
 マルコによる福音書では、登場するのは盲人が一人であり「ティマイの子バルティマイ」と名前が書かれています。そしてもう少し詳しくいきさつが書かれています。また、ルカによる福音書では、出来事はエリコの町を出たところではなく、入る前に起きています。そして名前は書かれていませんが、やはり登場するのは盲人がひとりであり、マルコと同じくもう少し詳しくいきさつが書かれています。
 町に入る前か出た後かは、それぞれの記憶違いもあるでしょう。そういうところも聖書の面白いところなんですが、マタイによる福音書では盲人は二人であり、しかもかなり省略して書かれています。そして、マルコとルカの福音書では、一人の盲人に焦点を絞って書いているのに対して、マタイの福音書では、二人いたという事実のほうを優先させています。
 そしてマタイの福音書が簡略化しているのは、やはり起こっている事実を強調しているのだと思います。つまり、イエスが通った、二人の盲人が叫んだ、願った、見えるようになった、従った‥‥という事実を際立たせているというように私には読めるのです。とくに、二人がイエスさまに向かって叫んだというところを際立たせています。
 
   弟子たちとの対比
 
 この二人の盲人の願いは聞き入れられ、この前の個所に書かれていたヤコブとヨハネ兄弟の母親の願いは退けられました。ヤコブとヨハネ兄弟の母親の願いは、イエスさまが王座に就かれたあかつきには、二人の息子をイエスさまの右大臣左大臣にしてやってくださいという願いでした。それはやはり人間の欲望から来る願いであったと言えるでしょう。
 しかしきょうの盲人の願いは聞き入れられています。まさに対照的です。
 振り返ってみますと、弟子たちはイエスさまに従って来ているのはいいのですが、どうも何か勘違いをしているようなところが描かれています。つまり、弟子たちは、イエスさまが救い主でありキリストであるということは信じているのだけれども、何か誤解しているところがあります。そういうことが続いています。
 たとえば、19章では、子どもたちに手を置いて祝福していただこうとして親たちが幼子を連れてイエスさまのところに来たとき、弟子たちはそれを叱りました。ところがイエスさまは逆に「子どもたちを来させなさい。天の国はこのような者たちのものである」とおっしゃって受け入れられました。
 また、金持ちの青年がイエスさまを訪ねてきたとき、イエスさまの言葉を聞いて彼は悲しみながら去っていきましたが、弟子たちはそれを見て、自分たちのことを誇らしげに思いました。しかしイエスさまはそれを諫めるかのようにして、「ぶどう園の労働者のたとえ」を語られました。
 そうして前回のヤコブとヨハネ兄弟の母親が願ったように、出世を競おうとする上昇志向の弟子たちに対して、「皆に仕える者になりなさい」と言われ、諫められました。
 そのような弟子たちと、対照的なのが、幼子たちであり、今日のこの二人の盲人です。
 
   二人の盲人とイエス
 
 さて、この二人の盲人は、道ばたに座っていたと書かれています。物乞いをしていたんです。城門のそばは、多くの人が出入りしますから、その人たちから物乞いをするために座っていたわけです。
 そこにイエスさまがおおぜいの群衆と共に通りかかりました。盲人たちは、何事かと思ったでしょう。そしてそれがイエスさまが通りかかられたのだと聞いて、大声で叫び始めたんです。「主よ、ダビデの子よ、私たちを憐れんでください!」と。「ダビデの子」というのは、神さまがこの世に送ることを約束された救い主、ということですね。彼らは何度も叫んだんでしょう。それで群衆が二人を叱りつけて黙らせようとしたと書かれています。だから、相当大きな声で叫んだようです。
 しかし、人々が二人を黙らせようとすると、ますます「主よ、ダビデの子よ、私たちを憐れんでください!」と叫んだと書かれています。なりふり構わず、イエスさまを求めて叫び続ける。そこには、この機会を絶対に逃してなるものか、というような二人の魂の叫びを感じることができます。
 そうするとイエスさまが立ち止まられました。そして二人を呼ばれました。そしてお尋ねになりました。「何をしてほしいのか」。‥‥イエスさまは人の心をご存じですから、この二人の盲人が何を求めているか、分かっておられるのだと思います。しかしイエスさまはあえて二人に尋ねられたのです。「なにをしてほしいのか」と。自らの意思を口を通して語るようにと。それは、聖書が、つまり神さまが、言葉というものを大切にしていることからでもあるでしょう。また、しゃべることのできる口を与えたのは神さまなのであるから、その口を神さまに語るために用いなさいということであるかもしれません。
 すると二人は言いました。「主よ、目を開けていただきたいのです。」物を見ることができないこの目を、見えるようにしていただきたいのだと。
 この一言に、この二人の人生が凝縮しているように思うのは私だけでしょうか。二人は通行人にお金を恵んでもらうために道ばたに座っていました。目が見えない。福祉などない時代です。目が見えないから働くことができない。だから生きていくためには物乞いをするほかはなかった。そこには、私たちの想像を超える苦労があったことでしょう。ヨハネによる福音書の9章の盲人の出来事を読むと分かるように、目が見えないというのは罪を犯したための天罰だと思う人が多かった時代です。だから、自分たちでもそう思ってきたかもしれません。そういうさまざまな苦しみを積み重ねてきたことでしょう。好きで物乞いをしているわけではない。生きるために仕方なく、物乞いをしてきたのです。不自由なだけではなく、さげすまれ、見下されながらも必死に生きてきたんです。「何をしてほしいのか?」「主よ、目を開けていただきたいのです。」この短いやりとりの中に、そのような人生の苦しみと願いを見ることができると思うのです。
 すると主は深く憐れんで、二人の目に触れられました。すると彼らはすぐに見えるようになり、イエスさまに従っていったと書かれています。家に帰ったのではなく、そのまま、エルサレムへ登っていくイエスさまに従っていった。ここに、言い様がないほどの喜びと感謝を見ることができると思います。
 ちなみに、この出来事を書き留めているマルコによる福音書のほうでは、イエスさまが盲人に触れたことは書かれておらず、イエスさまが「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と語った言葉が書き留められています。ルカによる福音書も同じような書き方です。しかし、このマタイによる福音書では、逆にイエスさまの言葉は省略され、イエスさまが盲人を憐れまれたことと、触れたことに注目をしています。
 イエスさまが触れてくださった。手を伸ばして触れてくださった。生きておられるイエスさまに触れるということです。イエスさまが生きておられるというリアルな印象が強く感じられます。しかも憐れんで触れてくださった。この二人が、どんな人であったかはいっさい問うておられません。良い人だったのか、とんでもない人だったのか、それすらも問題にしておられません。ただ彼らは叫び声を上げてイエスさまのあわれみを求めた、人々が止めようとしても、邪魔しようとしても、声を上げて魂の叫びを上げたんです。
 彼らは目が見えるようにしていただいたあと、そのままイエスさまに従っていきました。そして次回は、ついにイエスさまがエルサレムの都に入られます。そしてその週のうちに、イエスさまは捕らえられ、十字架にかけられ、死なれます。目を開けていただいて、イエスさまに従っていった二人は、まさにこのあとそれを目で見ることになります。そしてのちに悟ることでしょう。自分たちの目を開けてくださったイエスさまは、まさにこの私を救うために十字架にかかってくださったんだということを。まさにそのことが見えるため、自分たちの目を開けていただいたのだと。
 私たちの目は開かれているでしょうか。
 
   イエスを求める
 
 彼らは目の前を通り過ぎようとするイエスさまに、叫んで求めました。この機会を逃してはならないというように。
 私たち人間は、一生のうちにそう何度もキリストに出会えるチャンスはないと思います。もちろん、イエスさまはいつも私たちの心の扉をたたいていてくださいます。しかし私たち人間のほうがそれに気がつかない。ですから、神を求める、救いを求めるような心になる時というのは、私たちの一生のうちでそう何度もないように思います。
 私自身のことで申しますと、神を捨て、教会を離れて社会人になった私でしたが、持病のぜんそくの激しい発作が起きて、救急車で病院に運ばれました。呼吸は苦しく窒息しそうになり、血中の酸素が不足して目が見えなくなり、意識が遠のいていきました。あとで医者がいうには、危ない状態だったそうです。自分は死ぬのだと思いました。しかし一方で、「今、こんな形で死にたくない」と思いました。しかしどうすることもできません。そのとき、忘れていたイエス・キリストの父なる神さまを思い出したのです。それは唯一の頼みでした。私は心の中で絶叫していました。「神さま、助けてください!」‥‥そうして私は意識を失いました。しかし助かったのです。けれども、私の心の目はまだ開かれていませんでした。私を助けてくださったのがイエスさまであったことが分かったのは、それからもうしばらくの時が必要でした。
 私は助けていただく資格が何もありませんでしたが、神さまに向かって叫びました。そして助けていただいたのです。そしてやがてキリストに従う者とさせていただいたのです。それは主の憐れみでした。
「イエスが深く憐れんで、その目に触れられると、盲人たちはすぐ見えるようになり、イエスに従った。」
 今、神を求めたいと思われた人がいるならば、今求めてください。目の前をキリストが通り過ぎようとしている。この盲人は叫んでイエスさまを呼び求めました。魂の叫びを上げました。そうしてキリストに対して目が開かれたのです。そして喜びと感謝のうちに、神を知る人生を歩み始めました。どうかこの世の中の救いを求める人に祝福あれと、願ってやみません。
 
【祈り】
父なる神さま、本日も愛する方々と共に礼拝を守ることができて感謝をいたします。
私たちも見えない者でありました。あなたを知らず、イエスさまを通してくださる恵みも、見えない者でした。しかしあなたは、そのような私たちを憐れんで、見えるようにしてくださいます。感謝をいたします。イエスさまは、盲人の魂の叫びを聞いてくださいました。私たちの心からの叫びも聞いてくださる方であることを信じ、感謝をいたします。どうか兄弟姉妹たちが、あなたに向かって心から求めた時に、それに答えてくださいますようにお願いいたします。そしてこの世の人々が、あなたを求め始めるようになるように、聖霊の導きを与えてください。今、困難の中にある兄弟姉妹たちを助けてください。この一週間も、主と共に歩むことができますように、祝福してください。
イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。


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