2020年12月20日(日)逗子教会 クリスマス礼拝説教
●聖書 マタイによる福音書2章1〜12節
●説教 「ベツレヘムの星」

 
 みなさん、クリスマスおめでとうございます。コロナ禍のクリスマス。「何がおめでたいもんか?」といぶかしむ方もおられるかもしれません。しかしそれは違います。クリスマスは何か、単なるお祝いの時ではありません。私たちの神は、この世に困難や苦しみや悲しみがあることをご存じの上で、いや、だからこそキリストであるイエスさまを送ってくださったからです。そういう私たちを救うためにイエスさまを送ってくださったからです。ですから、困難だからこそ「クリスマスおめでとう」と言うことができるのです。
 
   毎年の恵み
 
 さて、きょうの聖書箇所はマタイによる福音書の書くイエスさま降誕の場面です。それは東の国からやってきた博士たちの出来事です。今までクリスマスが来るたびに、何度もこの聖書箇所をクリスマス礼拝、またはイブ礼拝で読み、恵みをいただいてきました。今年もまた新たな気持ちでこの物語を読みたいと思います。そしてイエスさまがこの世にお生まれになったことの新しい恵みをいただきたいと思います。
 
   東方の博士たち
 
 まず東方から来た博士たち、私は「博士」と昔の聖書や他の日本語の聖書が訳しているとおりに申し上げました。しかし当教会で使っている新共同訳聖書では、「占星術の学者」となっています。これもいつも申し上げるので、詳しく申し上げることはいたしませんが、やはり「占星術の学者」という日本語の訳は適当ではないと思います。讃美歌もみな「博士」となっています。やはり「博士」と訳すほうがよいでしょう。
 さて、そうしますと「博士」とは、何の博士?ということになりますが、現在では博士というと、医学博士か物理学の博士か、天文学の博士かというように専門に分かれていますけれども、昔はそんなふうに分かれていないんですね。とにかくいろいろな知識を持って秀でている人を博士と言っているんです。ですからこの聖書に出てくる博士も、天文を見て時の世の中を占うというだけではない。当時のさまざまな学問に通じているんです。ですから別な言葉でいえば、賢者とか知者と言っても良いものです。
 そしてこの博士たちについて、聖書は「東の方からエルサレムにやって来て」と書いています。東の方から。じゃあどこの国かというと、それは書いていない。ちょうどイエスさま誕生の頃の世界地図を見ますと、ユダヤを含めて地中海沿岸の世界はローマ帝国が治めていました。そこからすぐ東には、パルティアという国がありました。今のイランにあたります。そしてその東には今のインド・パキスタンに王朝があった。また北の方のとなり、中央アジアには大月氏という国がありました。そしてさらにその東は、漢帝国です。今の中国にあたります。さらにその東には朝鮮、そして日本があるわけです。ただ具体的な国の名前は書いていないので分かりません。いずれにしろ、イスラエル(ユダヤ)の人ではありません。つまり異邦人です。
 しかしこの博士たちは、エルサレムに来てヘロデ王に、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」‥‥と言っていますから、「ユダヤ人の王」というのが、救い主キリストのことであると知っていたのは間違いありません。どうして新しいユダヤ人の王がキリストのことなのか、拝むべき方であると知っていたのか?‥‥それは聖書を読んでいたと言って間違いないでしょう。イスラエル人(ユダヤ人)は、昔から世界各地に住んで生活していました。そういう人たちから旧約聖書の一部を手に入れたんだと思います。そして、神が約束なさっていたメシア(キリスト)という救い主が、やがて生まれられることを教えられていた。そしてその救い主は、単にユダヤ人の王なのではなく、世界のすべての人の救い主であることも知っていたわけです。そういうことは。聖書を通してでなければ決して知ることはできません。
 そして天文を通して、つまり星を通して、神さまが彼らにその救い主の誕生を啓示してくださった。私はそう考えます。そして彼らは約束の救い主キリストの所に行く旅に出かけたんです。どうしてわざわざ遠い西の国に出かけたのか?‥‥それはもちろん、彼らに神を求める求道心があったからです!救いを求める心があったからこそです!
 
   救いを求める旅
 
 先ほどご一緒に歌いました讃美歌1編(1954年版)の103番「まきびと羊を」ですが、3節の歌詞にこのようにありました。‥‥「その星しるべに みたりの博士ら メシアを尋ねて はるばる旅しぬ」
 「メシア、キリストを尋ねて、はるばる旅をしました」と。長い旅です。そしてそれは救い主に出会うための旅です。
 聖書には、よく旅が出てきます。‥‥創世記12章に書かれているアブラムの旅。ここから救いの物語が始まったと言ってもよい旅です。アブラムは75歳にして、故郷を離れ、行き先も知らないまま神の導くままに出かけて行きました。またアブラハムの孫のヤコブ(イスラエル)も兄エサウの怒りを逃れて、北の方に旅をしました。次の出エジプト記では、奴隷にされていたイスラエルの民が、モーセを指導者として主の導かれるまま、約束の地に向かって旅をしました。
 そのように聖書には旅がよく出てきます。そして、いずれも旅に出かけたことによって神の奇跡を体験し、神に出会っています。
 つまりそれは、今生きている神なき世界に安住しているのではなく、神の導きに従って、神と共に歩む新しい世界に向かって行きなさい、ということを示しています。今いるところから神と共に生きる新しい世界へと。そしてこれは、実際に移動して旅をするということだけではなくて、私たちの心の中で神を求め、神の導く世界に向かって行くということでもあります。
 東方の博士たちは、星に神の導きを見ました。そして、旅立っていきました。そしてキリストのもとへたどり着くことができたのです。
 
   真の神を礼拝するために
 
 さて、今年強く示された言葉ですが、博士たちがエルサレムのヘロデ王のところにやって来て、言った言葉です。2節「私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」‥‥彼らは何をしに、はるばると、東方からユダヤを目指してやって来たのでしょうか。彼らは、キリストを拝みに来たと言っているんです!
 拝むというのは礼拝するということです。彼らは生まれたキリストに会って、礼拝するために来たんです。聖書では、礼拝するべき対象は神さまだけだといことが書かれています。聖書の信仰では人間を礼拝してはなりません。神さまだけを礼拝します。そうすると、このことをそのまま聖書がこのように書いているということは、この生まれたキリストは、神として拝むべき方であると言っているんです。
 とにかく彼らは、救い主キリストを拝むため、礼拝するためにやって来たんです。わざわざはるか遠い東の国から。救い主に会って礼拝する、それだけのために!‥‥つまり、救い主に会って礼拝することには、それだけの価値があると彼らは信じていたんです。いや、価値があると言ったら変だとすれば、自分たちのするべきことであると信じていたんです。
 いっぽう、旧約聖書の神の民であるはずのイスラエル(ユダヤ)の人々は、ヘロデ王をはじめとして、不安を抱いたと書かれています。おそらく、新しい王が生まれたと聞いて、なにか混乱が訪れるのではないかと心配したんでしょうか。
 そのように神の民が不安を抱いたが、異邦人である博士たちは喜んでイエスさまを礼拝しに行った。聖書をよく知っているはずの国民が不安を抱き、異邦人であるけれども聖書を熱心に読み、救い主に会うことを求めて来た人が喜びのうちにキリストを礼拝した。
 知っていることと、信じるということは違うんです。知っていることと、求めるということは違うんです。博士たちは信じた。そして時間も労力も惜しまず、時間も労力も惜しまず真の神として生まれたキリストを礼拝するために旅をしてきたんです。
 
   最初の礼拝
 
 生まれたイエスさまが、博士たちが尋ねてきたときもまだ馬小屋におられたかどうかは定かではありません。しかしいずれにしても、そこは王宮とはほど遠い、貧しい場所だったに違いありません。しかしそのようなところにおられた御子イエスさまであったけれども、博士たちの喜びと確信は変わることがありませんでした。彼らは幼子イエスさまに出会って、ひれ伏して拝み、宝の箱を空けて、貴重な黄金、乳香、没薬を贈り物として献げたと書かれています。真の神に出会えた喜び、礼拝できた喜びに、献げずにはおれなかったんです。それほどに、真の神を礼拝するということは尊いことであると、この博士たちは証明して見せたんです。
 そして彼らは帰っていきました。そこに移住したんではありません。帰っても平安は揺るぎなかったと思います。なぜなら、その救い主であるイエスさまは、信仰によって、どこにいたとしても共にいてくださる方であることを知っていたからです。その方が神であるがゆえにです。そのように、救い主キリストに出会うということは、救いそのものなんです。主が生きておられるからです。
 
 これは、YOUTHのクリスマス会でご紹介したことですが、ここでも紹介させていただきます。私の世代とそれ以上の世代の方々は、みなさん知っておられると思いますが、「ベン・ハー」という映画がありました。4時間近い超大作映画です。私が子どもの頃は、何回もテレビで放映されました。今考えると、このキリストとの出会いの映画が毎年のようにテレビで再放送されるというのはすごいことだと思います。
 「ベン・ハー」の原作者は、アメリカの文学者であり、また将軍であったルー・ウォーレスという人です。彼は、キリスト教が大嫌いだったそうです。‥‥「アメリカを軟弱にしているのはキリスト教だ。あれは逃避だ。事実をゆがめている」と、キリスト教に対して敵恒心を抱いた彼は、無神論的な運動を展開していました。彼はあるとき、友人たちに誓いを立てて言いました。「俺はいずれ、世界からキリスト教を撲滅してしまうような本を書く」。
 それからの彼は、五年間、キリスト教を徹底的に研究し、そのあら捜しを行ないました。キリストの復活や奇跡が、ただの神話で作り話だと証明しようとしました。パレスチナにも行って、キリスト教を否定する証拠を見いだそうとしました。本を書き始めた彼は、ついに第一章を書いた。そして、第二章を書いていたある夜のことでした。彼のペンは、もはやそこから進まなくなってしまいました。というのは、二つの事柄が、彼の心から離れなくなってしまったからです。
その一つは、キリストが十字架上で言われた言葉、「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(ルカ23:34)でした。キリストはあの苦悩の中から、どうしてこのような言葉を発することができたのか? またこの言葉は、ルー・ウォーレス自身に語られているように思えたそうです。
 もう一つの事とは、イエスキリストのあの軟弱な弟子たちが、キリストの復活後に何故あのように突然強くなったのか、という疑問でした。弟子たちに起こったあの激変は、いったい何なのか。キリストの弟子たちは、激しい迫害を受け、殉教の死を遂げてまでも最後までキリストを救い主と告白し、キリストの復活を叫び続けた。しかし、人はどうしてウソのために命をかけることができようか。真実のためでなければ、人は決して命を賭けたりしない。キリストの復活は事実だったのか?‥‥
 この二つの事が、彼の心を悩ませ続けました。そして第二章を書いていたその夜、彼は突然ペンを投げ出してしまいました。彼はひざまずき、それまで自分が滅ぼそうとしていたイエス・キリストに向かって祈って言いました。「わが主よ。わが救い主よ」。 ルー・ウォーレスは、それまでの原稿を破り捨てました。その後しばらくして、彼はペンを握りなおし、ある小説を書いた。それが『ベンーハー』だったのです。(月刊『レムナント』2020年7月号より)
 
 彼の場合は、キリスト教のウソを暴こうとして真実を追い求めた旅が、結局キリストのもとにたどり着く旅となりました。ふしぎですね。神の導き以外の何ものでもありません。彼もまたキリストに出会い、ひざまずいてキリストを礼拝するに至りました。
 はるばると人生をかけて旅してまで、お目にかかる価値のあるキリスト。いや、わたしたちは、私たちを救うためにご自分のいのちを十字架の上で投げ出してくださることになる、このキリストを礼拝するために、神が導いておられるんです。その礼拝に今あずかっている。これはまことに幸いなことであると、感謝をせざるをえません。


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