2017年7月2日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 詩編140:5
    使徒言行録25:1〜12
●説教 「開かれた扉」
 
     ひふみん
 
 今、将棋の世界は中学生のプロ棋士、藤井4段が連勝記録を更新したというニュースで盛り上がっています。また、先週は、77歳という現役最高齢のプロ棋士であった加藤一二三9段がついに引退したというニュースもありました。「ひふみん」という愛称で呼ばれる加藤一二三9段は、話題の藤井4段が現れるまで、史上初の中学生棋士になったという記録をもっていました。その加藤一二三9段が先週引退したわけですが、その引退の記者会見の中で「数々の名勝負のうちで『この一局』をあげていただければ」という記者の質問に対して、このように答えておられます。
 「20歳の時、昭和35年に、大山名人と名人戦の7番勝負を戦って、その後、48年に中原名人と戦って、三度目の名人戦が57年。三度目の挑戦で中原名人に勝って念願の名人になったのが最大の思い出。1月31日の9時2分に名人になった。95%負けている将棋だったのを、私が逆転して勝った。私は少し前にキリスト教の洗礼を受けたこともあって、これは神様のお恵みだと考えています。」
 加藤一二三さんは、カトリックのクリスチャンとして有名だそうです。将棋の対局の合間にチーズをむしゃむしゃ食べたり、讃美歌を歌ったりすることも有名だったそうです。神さまは、ふだんはなにか直接現れて言葉をかけられたり、明らかに神の奇跡であると誰もが分かるような形では、私たちの所に介入してこられません。ですから、それが神の働き、恵みであるかどうかは、それを神の働きであると信じるということにかかっています。加藤9段は、有名な中原名人との対局で、その神の恵みを感じたということです。
 わたしたちはどうでしょうか? 私たちの日常にも、神さまは働いてくださっていて、様々な形で守り、また必要なものを与えてくださり、助けてくださっているはずです。そういうことに目を留めたいと思いました。
 また、私たちがいま礼拝で読んでいるパウロの出来事についてはどうでしょうか。きょうの個所も、神さまは直接現れません。しかしこのような中にも神さまの働きを見つけ出すことができればさいわいだと思います。
 
     ていねいな記録
 
 私たちは今、パウロがエルサレムで捕らえられてからの個所を呼んでいるわけですが、それにしても遅々として先に進まない印象があります。といいますか、法廷でのパウロの弁論が多く書き記されています。
 使徒言行録を見ますと、エルサレムでのパウロの逮捕前までの3回にわたる世界宣教旅行に関する記録がだいたい19頁書かれておりますが、エルサレムで逮捕されてからの記録は15頁にもなります。私たちはパウロが当時の世界の各地でイエス・キリストのことを宣べ伝えた。その伝道物語のほうに関心が行くのではないかと思いますが、実は逮捕されて自由を奪われてからのことに、使徒言行録を書いたルカは非常な関心を持って書いているのです。
 なぜ、逮捕されて自由を奪われてからのことがこんなに丁寧に書かれているのか?
 ひとつには、使徒言行録が書かれた時代にヒントがあるように思います。使徒言行録がいつ書かれたかということについては、諸説あってまとまりませんが、迫害が始まった時代に書かれたものと思われます。ローマ帝国によるキリスト教への迫害は、最初は一部で、そして次第に帝国全体に広がっていくという形で起きますが、いずれにしろ、迫害は教会全体の問題となっていきます。
 そうすると、この法廷に立つパウロの姿は、迫害にさらされている自分たちの姿と重なって見えたのではないでしょうか。他人事ではないのです。そのとき、パウロは自分を裁こうとする者にどのような態度で臨み、どのように語ったのか。それで詳しく書き記していると考えることもできます。法廷に立つパウロを四組よ、と。
 ローマ皇帝のユダヤ総督の前のパウロは、事実を淡々と語り、かけられた嫌疑を否定し、信仰について述べるという態度でいます。自然体と言って良いでしょう。ユダヤ人の律法を破っていると言った告発に対しては、自分はユダヤ人の律法を犯すつもりは毛頭ないこと、そしてイエス・キリストという方こそ律法の目的であり成就であるということ。神殿を穢したとの告発に対しては、事実誤認であること。ローマ帝国の最高権力者である皇帝に対しては、自分はローマ帝国の秩序を重んじており、皇帝に反対するつもりは全くないこと‥‥。だいたいそのような線で弁論をしています。
 そのように語り、あとは主なる神さまにゆだねる。それがパウロの取っている姿勢です。最後は主にゆだねているのです。
 
     2年間
 
 きょうの聖書個所では、ローマ帝国の現地の総督が交代しています。前任者のフェリクスは、24章27節に書かれていましたように、現地のユダヤ人に気に入られようとして2年間もパウロを留置しておきました。法廷も開かずに、2年間もパウロを留置場に監禁しておいたのです。
 いったいどこに正義があるのか、といいたくなるようなことです。無実であるのに、2年間も監獄に。それは決して短くない日々です。そもそも、エルサレムの神殿で逮捕監禁された時、主はパウロのそばに立ってこうおっしゃったのではなかったでしょうか。(23:11)「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」
 すなわち、パウロは捕らえられたけれども、ローマ帝国の首都ローマの都でキリストの信仰を証しするのであると。ところが、そこからほど遠いカイサリアにおいて2年間も、なんの進展もないまま牢屋に入れられたままになっている。主の約束はどうなったのか? ローマに行けるのではなかったのか?‥‥いったい神はなにをしておられるのか?‥‥そのように思いたくなるのではないでしょうか。
 
     神のご計画
 
 「神さまはなにをしておられるのか?」「神さまは、私の苦境をご存知であるのか?」‥‥そのような問いは、私たちがしばしばもつ問いであります。
 もちろん、神さまにはご計画があります。人間の罪によって妨げられながらも、それによって回り道を余儀なくされることはあるとしても、着実に進んでいくことは知っています。
 しかし「神さまはなにをしておられるのか」の逆に、「人間はなにをしている」という現実も見なければならないでしょう。私たちは「神はいったいなにをしておられる?」という。しかし神さまのほうから見たら、「人間はいったいなにをしている」と見えるのではないか。「いつになったら神を信じるのか?」「いつになったら、悔い改めてイエスのもとに来るのか?」‥‥そのようにして神は、何年も、何十年も、何百年も待っておられるという事実を思い起こさなければなりません。
 私の場合で言いますと、3歳の時に幼児洗礼を受けました。しかし信仰告白に至ったのは、それから22年後の25歳の時でした。1982年のクリスマス礼拝のことでした。そのとき、私と共に、もう一人信仰告白式に臨んだ方がいました。それは82歳のご婦人でした。その方は2歳の時に幼児洗礼を受けました。その後、子どもの頃は教会学校に通ったようですが、そののち教会を離れたそうです。そして半年前に教会に戻ってきました。ですから、幼児洗礼から信仰告白まで80年間かかったわけです。
 そのとき私は、神さまの導きのすごさを思いました。まさにわたしたち人間が、「人間はなにをしているのか」「まだ神を信じないのか」と言われてしまうような者であるわけですが、それでも神さまは私たちをお忘れにならずに、忍耐強く神の御もとに導いて下さるということを知ったからです。
 
     開かれた扉
 
 さて、きょうの聖書個所の最後のところですが、11節でパウロは、自分の裁判についてローマ皇帝に上訴をいたしました。すると総督のフェリクスは、陪審員と協議の上、その上訴を認めました。フェリクスにしてみれば、このやっかいな裁判をやりたくなかったでしょうから、パウロが皇帝に上訴したというのは喜ばしいことであったでしょう。それで皇帝への上訴を認めたのでしょう。
 ちなみに、このときの皇帝は誰だかご存知ですか?‥‥ネロです。のちに、最初にキリスト教徒を迫害することになる皇帝です。もちろん、このときはまだそのような兆候はありません。
 しかし、いずれにしてもパウロはローマ皇帝のもとで裁判を受けることになったのです。ということは、パウロは囚人としてですが、ローマに行けることになったのです。さきに主が、「エルサレムで私のことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」とおっしゃったことが、このような形で成就することになった。ローマへの扉が開かれたのです。そこに神の見えざる手の介入を見ることができます。


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