2017年5月21日(日)逗子教会 主日礼拝説教
●聖書 出エジプト記3章10
    使徒言行録22章17〜29
●説教 「失敗者を用いる神」
 
     証しを語るパウロ
 
 パウロを殺そうと興奮する群衆を前に、パウロは語り始めました。それは自分が無実であることを弁明するのではなく、自分がいかにしてキリスト信徒となったかという証しでした。そこには、ユダヤ人同胞に対する愛が見えます。自分もかつては、この人たちと同じく、イエス・キリストを信じる者を神の敵であると考え、キリスト教徒を激しく迫害していた。そのことを思い返しつつ、何とかしてこの同胞にも、イエス・キリストを信じてほしいという思い。そのようなパウロの愛が透けて見えます。
 パウロが語ったのは、あの日の出来事でした。キリスト教徒を激しく迫害していた時、そのような自分のところに、あろうことか当のイエス・キリストが天来の光の中に現れ、自分に語りかけてきた。しかも自分を罰するためではなく、赦して救うために。そのキリストとの出会いの劇的な体験を語りました。
 パウロが群衆に向かって語っているのは、イエス・キリストの信仰が、ユダヤ人の信じていることをひっくり返して否定するものではないということでもありました。むしろその神が生きておられ、イエス・キリストを通して世界を救おうとしておられる、ということでした。
 
     マイナスの過去
 
 きょうのところは、前回からのパウロの発言の続きですが、生けるキリストと出会ってキリスト信徒となり、エルサレムに戻ってきた時のことが語られています。
 パウロはエルサレムに戻ってきました。それは、まだキリストと出会う前のパウロが、キリスト教徒を激しく迫害していた町でした。パウロには、その過去自分がしていたことの記憶がよみがえってきました。それは自分にとってマイナスの過去でした。過ちと失敗の過去でした。
 ダマスコへの道の途中での、天来のイエス・キリストとの出会い。それからのパウロの足取りは、ガラテヤの信徒への手紙によると、ダマスコの町からアラビアへ向かい、再びダマスコに戻り、それから3年後にエルサレムに戻ったと書かれています。そのエルサレムの神殿でパウロが祈りをささげていた時、パウロの目の前が開けて、再び主イエスが現れたのでした。そして、エルサレムを去るようにお命じになったのでした。
 それに対してパウロは、このエルサレムにとどまりたいと言うことをいいました。以前パウロはここでキリスト教徒を迫害していた。多くの人々がそれを知っている。だから、自分が変えられて、今やイエス・キリストを信じていることをあかしし対という思いであったのでしょう。しかし、パウロに対する主のご計画は、それとは別のものがありました。それは、パウロを遠く異邦人の世界へ行かせて、キリストを宣べ伝えさせるということだったのです。
 確かにパウロは、小アジア、現在のトルコのタルソの出身ですから、異邦人社会の中にすむユダヤ人でした。だから異邦人社会のことをよく知っていました。そしてギリシャ語を話すことができました。ですから、主がパウロを異邦人への伝道者とされるというのは、最適であるとも言えるのでした。そのように、主は、かつてキリスト教会を迫害したパウロの過去のすべてを否定なさるのではなく、それを用いることもされるのです。
 
     失敗者を用いる神
 
 さて、パウロは一度大きな失敗をした人です。しかし聖書を読むと、主は失敗者を用いられることが分かります。
 今日もう一個所読んでいただいた聖書は、旧約聖書のモーセが召命を受けた時の個所です。モーセは旧約聖書の最大の預言者と呼ばれます。当時、イスラエルの民はエジプトの国で奴隷化され、強制労働に従事させられていました。エジプトの王は、増え続けるイスラエルの民に脅威を感じ、イスラエル人に生まれた赤ちゃんをすべてナイル川に投げ込むように命じました。しかしモーセは王女によって拾われ、エジプト王宮で育ちました。それで、あらゆる学問、武術を身につけました。そして40歳になった時に、民族意識に目覚め、強制労働に従事させられている同胞イスラエル人を解放しようと思い立ちました。そして、エジプト人の現場監督を殺してしまいました。それが王の怒りに触れ、モーセは一人遠く東のメディアン地方まで逃げていきました。モーセはそういう大きな失敗をしたのです。そして殺人までしてしまったのです。
 モーセは、砂漠の向こうのミディアンの地で、その挫折と失敗を背負って生きていました。それから40年、モーセは80歳になりました。もうすべては遠い夢の中に消えていくような思いだったでしょう。ところが、そんなモーセのところに主が現れ、エジプトへ戻ってイスラエルの民を解放せよとおっしゃるのです。先ほど読んでいただいた出エジプト記3:10はその言葉です。「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。我が民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」。
 これは本当に不思議です。神さまは、失敗して挫折して、年老いた無力なモーセを用いられるのです。若くて力があり、血気盛んなモーセではなく、失敗し、年老い、神に頼ることなしには何もできなくなったモーセを用いられたのです。すなわち、今申し上げたことが肝心です。神に頼ることなしには何もできなくなった。このときを主は待たれたと言えます。
 イエスさまの弟子の中では、代表格であるペトロもそうです。イエスさまに愛され、ペトロ、すなわち「岩」という名前をいただいた。そしてどこまでもイエスさまに従っていくと誓いながら、土壇場でイエスさまのことを知らないと言い、イエスさまを見捨てて裏切りました。そしてそのとき、イエスさまが予告なさっていたとおり、夜明けを告げる鶏が鳴いた。そのときペトロは、涙を流して泣くことしかできませんでした。それは、自分の弱さを知って泣いた涙であり、自らの失敗に打ちのめされた涙であったと言えるでしょう。
 ところが、十字架に架かって死なれたイエスさまがよみがえられた時、イエスさまはそのペトロに向かって、「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ福音書21章)とおっしゃいました。弟子たちの群れを託されたのです。大きな失敗を経験したペトロに託されたのです。
 ペトロは自分の失敗によって、自分の弱さというものを思い知ったでしょう。自分の罪深さ、弱さ、そしてキリストなしには何もできないことを知ったでしょう。主イエスは、そのような経験をしたペトロを用いられたのです。
 そのように、主は失敗をした者を愛されるのです。
 私も大きな失敗をした者です。1歳の時に病気で死にかけたのを、両親と教会の牧師の祈りによって命を救われた。そのような大きな恩を主から受けながら、のちに教会を離れたばかりか、神を信じなくなりました。そして、ほんとうに罪過ちを重ねていきました。そしてまたそのあと死にかけた。もう助けていただく資格がないはずでした。しかしそんな私を、またもや主はあわれんで下さり、再び命を助けてくださった。そしてキリスト信徒となる道を用意してくださいました。
 伝道者となってからも、何度も失敗をいたしました。しかしそれらの失敗を通して、自分の高慢が打ち砕かれ、主イエスなしには何もできないことを学んできました。
 主は失敗する者を責め立てられません。主は失敗をする者を愛されます。そのような失敗を通して、主イエス・キリストなしには何もできないことを教えてくださいます。そして再び立ち上がらせてくださいます。
 
     失敗は終わりではない
 
 それゆえ、失敗は終わりではありません。
 パウロも大きな失敗をしました。イエス・キリストを信じる人々をひどく迫害しました。ステファノが殺される時にも加担しました。そのような大きな過ち、失敗をした。しかし今や、主は、そのようなパウロを用いられるのです。
 エルサレムの神殿で祈っていたパウロに、主は言われました。「行け。わたしがあなたを遠く異邦人のために遣わすのだ。」
 「異邦人」‥‥パウロのこの言葉を聞いて、聞いていた群衆が再び騒ぎ始めました。自分たちの神が、異邦人すなわち異教徒を救おうとされることなどありえない!というわけです。それでまた群衆は興奮しはじめ、騒動となりそうになった。それでローマ軍の千人隊長はパウロを群衆から引き離し、兵営に連れて行きました。そしてパウロを縛り、ムチで打って拷問をして取り調べようとしました。
 今回のこの騒動も、もとはと言えば、このときのエルサレム教会の指導者であったヤコブの勧めに従って、パウロがユダヤ人の律法に忠実であるように見せかける行動をしたことによるものです。それが失敗となったのです。パウロは信仰の本心ではないことに従って、この失敗に至った。
 しかし、ここでもやはり失敗は終わりではありません。わたしたち人間は、失敗をするともう終わったかのように思う。しかしそれは神さまから見たら終わりではない。新しい始まりです。
 この個所で言えば、パウロはひどい拷問にかけられるところでしたが、パウロがローマの市民権を持っていたことが役に立ちました。ローマの市民権を持っている者は、拷問にかけられることはありません。そしてここから再び主の御業が働き始めるのです。


[説教の見出しページに戻る]