礼拝説教 2017年1月15日 主日礼拝

「知られざる神に」
 聖書 使徒言行録17章16−25  (旧約 ダニエル書2:47)

16 パウロはアテネで二人を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て憤慨した。
17 それで、会堂ではユダヤ人や神をあがめる人々と論じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合っていた。
18 また、エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論したが、その中には、「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」と言う者もいれば、「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」と言う者もいた。パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていた
19 からである。そこで、彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、知らせてもらえないか。" "441720","使徒 17:20","奇妙なことをわたしたちに聞かせているが、それがどんな意味なのか知りたいのだ。」
21 すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである。
22 パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。
23 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。
24 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。
25 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。





     アテネ

 本日の舞台はアテネです。今日のギリシャの首都です。ギリシャはオリンピック発祥の地です。そして世界4大文明に続く、古代文明、政治、文化の中心地でした。ソクラテス、プラトン、アリストテレスという名前は誰でも聞いたことがあるように、きら星の如く哲学者が並んでいます。
 聖書のこのときには、すでにギリシャは最盛期を過ぎ、ローマ帝国によって占領されていました。しかし政治的にはローマ人によって制圧されても、文化の面では依然として大きな影響を与えていました。たとえば、新約聖書はもともとギリシャ語で書かれました。そのように、ローマ帝国内では、ローマ人の話すラテン語よりもむしろギリシャ語が共通語として一般に通用していました。
 本日、パウロはギリシャの首都アテネに来たわけですが、そこは依然として学問、文化の中心地でした。21節を見ると、「すべてのアテネ人やそこに在留する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである」と書かれています。それを読むと、「何と暇な人たちだ」と思ってしまいますが、アテネにはそれだけ多くの人が新しい知識や学問を求めて来ていたと考えるべきでしょう。世界中からそのような人々が集まってきて学んでいる。それがアテネです。
 パウロは、キリストの福音を携えて、そういう文明文化の中心地に乗り込んだのです。パウロは言ってみれば、一人の田舎者です。その彼が、この文明の大都市の、多くの知識人、教養を備えた人々に対して、イエス・キリストの福音を語るのです。

     宗教状況

 さて、アテネはそのように文化の中心地でした。しかし一方、そこはギリシャ神話の世界でもあります。ゼウス、アポロン、アルテミス、ヘルメス、ポセイドン‥‥といった名前は、日本でも知られています。その他多くの神々がいました。要するに多神教の世界です。16節には、この町の至る所に偶像があるのを見てパウロが憤慨したことが書かれていますが、アテネでは人間の数よりも偶像の数のほうが多いと言われるほどでした。
 それは日本と同じような状況だとも言えます。日本にも、八百万神(やおよろずのかみ)と言われるように、多くの神々があります。家の中にも神棚があり、便所の神さま、台所の神さまと、さまざまな神さまのお札が貼られます。道路を歩けば、そこかしこに小さなほこらやお地蔵さんがあります。会社にも神棚があり、ビルの屋上には小さな社があったりします。
 そのように、アテネは、文化・学問の中心地である一方、八百万の神々の満ちた所であったのです。

     憤慨するパウロ

 16節に戻りますが、パウロはこの町の至る所に偶像があるのを見て憤慨した」。これは何に対して怒りを覚えたのでしょうか? 偶像に対してでしょうか?‥‥しかし偶像というのは、人間の手で作られた神の像です。それ時代は木や石でできたものであり、意思はありません。では何に対して憤慨したのか? それらの偶像を作り、拝む人々に対してでしょうか? しかしこれも、彼らは真の神さまを知らないから仕方がないと言えば仕方がないわけです。
 しかし、このアテネの人々は、この世の学問については当時の世界最高水準を極めているのです。求めているのです。ところが、真の神については探求することもなく、人間が作った神々を拝んでいる。真の神を探求しないで、何が学問か。‥‥そういう憤りがあったのではないでしょうか。ギリシャの学問は、おもに哲学です。哲学は人間の知恵の結晶だとも言えます。
 しかし聖書には、次のように書かれています。(箴言1:7)「主を畏れることは知恵の初め」。真の神、主を畏れることが知恵の初めなのだと。その真の神を求めることもしないで、知恵と言えるのか。‥‥そのような怒りであったと思います。
 このパウロの憤りを見て、わたくしはある意味感銘を受けます。ここは外国です。だから外国人が、神ではないものを神として拝もうが、何を拝もうが勝手であり、放っておけば良いとも言えます。しかしパウロにとってはそうではなかった。伝道者であるパウロにとっては、外国人も何もない。人類は皆兄弟です。それが、このような人間の作った神を拝んでいる。人間の知恵や学問はいっしょうけんめい探求するのに、もっとも根本の神さまについてはこのような実在しない神々を拝んでいる。その行き着く先は滅びです。そういうことに心を痛めているのです。
 省みて、わたしたちはこの日本の現状を見て憤慨しているでしょうか? わたしたちの隣人が、実在しないむなしい神々を拝んでいることについて。心を痛めているでしょうか? 他人のことはどうでも構わないと思ってはいないでしょうか? そう考えると、パウロの憤りは、愛の憤りであると言えます。この外国の見ず知らずの人々も救われてほしいという、愛からくる憤慨です。

     福音を語る

 パウロは、一人先にアテネに来ていました。そしてシラスとテモテを待っていたのですが、いても立ってもいられず、二人が来る前に語り始めました。
 アテネには、イエス・キリストの福音を語るのに格好の場所がありました。一つは、現地に住むユダヤ人の会堂で、これはいつもの通りのことです。もう一つは、広場でした。町の広場は公共の場所で、市場が開かれ、集会や催し物が開かれ、見世物がなされたり、青空教室が開かれたりと、そういう場所でした。とくにアテネでは、学問的な議論の場でもありました。それでパウロは、その広場で、真の神を知らない異邦人と論じ合うということをいたしました。
 そうしますと、彼らは、パウロの語ることが目新しいものに感じ、もっとくわしく聞こうとしてパウロをアレオパゴスという場所に連れて行きました。アレオパゴスというのは、「アレスの丘」という意味で、ここで議会が開かれたり裁判が行われるという場所でした。要するに、パウロは、アテネの議員や有識者の前でイエス・キリストの福音を宣べ伝えるという、好機を得たのです。

     論ずるパウロ

 そこでパウロは語り始めました。パウロは、多くの偶像を拝むことに憤慨していましたが、ここで語られている内容は、けんかを売るような内容ではありません。むしろ逆に、何とかしてアテネの人々に分かってもらおうとしています。
 まずパウロは、アテネの皆さんが「信仰があつい」と言っています。もちろん、これは真の神を信じているという意味ではありません。彼らが信じているのは実在しない偶像の神々です。しかし、神を信じようとするその信仰心で言えば、たしかに信心深いと言えるでしょう。そういうところを認めるところから話を始めているのです。
 これはわたしたちが、違う意見を持つ人々と議論をするときの参考になります。相手を間違っていると言って否定することから始めない。まず相手を受け入れるところから始めています。これを、いきなり相手を否定するところから始めたら、誰もまともに聞いてくれないでしょう。
 そして次にどこから話し始めるかということですが、パウロはアテネの町を歩いていて一つのヒントを得たのでした。それは、「知られざる神に」と書かれた祭壇があったことです。つまり、いろいろな神々の像や、ほこらの他に、自分たちがまだ知らない神のために作られたほこらがあった。なぜ、知らない神のための祭壇があったのか? 自分たちの知らない神がいるかも知れないから、とりあえず拝んでおこうということでしょう。知らない神でも拝んでおかないと、罰が当たるかも知れない。何か良くないことが起こるかも知れない。あるいは逆に、拝んでおけば何か御利益があるかもしれない。そんなところでしょう。
 それでパウロは、その「知られざる神」についてお話しするという言い方をいたします。知らない神について自分は知っているので語る、と。これは、彼らアテネの人々の知的好奇心を刺激する言い方ですね。そのように、彼らの関心に沿って話を進めていきます。
 そして続けてパウロが語ったことは、自分が語る神は、天地万物の造り主であるから、人間が作った祠や社の中にはお住みにならない、と。これは道理ですね。理性を持って考えれば、たしかにその通りだと言えることです。そのようにパウロは、理性によって学問を探究するアテネの人々にふさわしいアプローチで語り始めています。

     多神教と一神教

 アテネの人々は、学問を探究することに熱心であり、同時に多くの神々を拝んでいた。それらの神々は、人間が想像した結果できた神さまです。日本でも、この季節になると受験に御利益があると思われる神社に、受験生や親がお参りいたします。人によっては、御利益のあると言われるあちこちの神社のお守りを集めて回ったりする。そして「この神さまは御利益がなかった」と言って、他の神さまに乗り換えたりいたします。
 それに対して、聖書に証しされている真の神は、人間が想像して作られた神ではなく、神さまの側から人間に御言葉を与えて啓示なさった神です。
 まだ江戸時代の末期、のちに同志社大学を設立する新島襄は、ある日、アメリカ人宣教師が訳した漢訳聖書と出会います。‥‥「私はその本(聖書)を置き、あたりを見回してからこう言った。『だれが私を創ったのか。両親か。いや、神だ。‥‥そうであるなら私は神に感謝し、神を信じ、神に対して正直にならなくてはならない。』」(『100人の聖書』イーグレープ刊より)
 このことがきっかけとなって、新島はキリスト教国アメリカに行くことを願うようになり、やがて国禁を犯してアメリカに渡ります。
 聖書は、人間が神を作ったのではなく、神が人間を作った。いや、宇宙とその中にあるものをすべて造ったところから始まっています。従って、多くの神々がいるのではない。ただお一人の神が、すべてのものをお造りになった。ですから、「この神さまのほうが御利益がある」「この神さまは、あまり御利益がない」と言って神々を渡り歩く、というようなことにはなりません。父・子・聖霊の三位一体の神です。ですから、良いことがあれば神に感謝します。悪いことがあれば、神を乗り換えるのではなく、それを試練として受け止める。つまり悪いことにも、何かの意味を見出そうとすることになります。そして助けを求めて神に祈る。
 すなわち、良いことも悪いことも、うれしいこともつらいことも、この真の神さま、イエスさまと共にして歩んでいく。そして神をより深く知っていく。そこに喜びを見出すものであります。

(2017年1月15日)


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