礼拝説教 2016年4月17日 主日礼拝

「神の物語と配役」
 聖書 使徒言行録7章17〜43  (旧約 出エジプト記4:13)

17 神がアブラハムになさった約束の実現する時が近づくにつれ、民は増え、エジプト中に広がりました。
18 それは、ヨセフのことを知らない別の王が、エジプトの支配者となるまでのことでした。
19 この王は、わたしたちの同胞を欺き、先祖を虐待して乳飲み子を捨てさせ、生かしておかないようにしました。
20 このときに、モーセが生まれたのです。神の目に適った美しい子で、三か月の間、父の家で育てられ、
21 その後、捨てられたのをファラオの王女が拾い上げ、自分の子として育てたのです。
22 そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。
23 四十歳になったとき、モーセは兄弟であるイスラエルの子らを助けようと思い立ちました。
24 それで、彼らの一人が虐待されているのを見て助け、相手のエジプト人を打ち殺し、ひどい目に遭っていた人のあだを討ったのです。
25 モーセは、自分の手を通して神が兄弟たちを救おうとしておられることを、彼らが理解してくれると思いました。しかし、理解してくれませんでした。
26 次の日、モーセはイスラエル人が互いに争っているところに来合わせたので、仲直りをさせようとして言いました。『君たち、兄弟どうしではないか。なぜ、傷つけ合うのだ。』
27 すると、仲間を痛めつけていた男は、モーセを突き飛ばして言いました。『だれが、お前を我々の指導者や裁判官にしたのか。
28 きのうエジプト人を殺したように、わたしを殺そうとするのか。』
29 モーセはこの言葉を聞いて、逃げ出し、そして、ミディアン地方に身を寄せている間に、二人の男の子をもうけました。
30 四十年たったとき、シナイ山に近い荒れ野において、柴の燃える炎の中で、天使がモーセの前に現れました。
31 モーセは、この光景を見て驚きました。もっとよく見ようとして近づくと、主の声が聞こえました。
32 『わたしは、あなたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である』と。モーセは恐れおののいて、それ以上見ようとはしませんでした。
33 そのとき、主はこう仰せになりました。『履物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる土地である。
34 わたしは、エジプトにいるわたしの民の不幸を確かに見届け、また、その嘆きを聞いたので、彼らを救うために降って来た。さあ、今あなたをエジプトに遣わそう。』
35 人々が、『だれが、お前を指導者や裁判官にしたのか』と言って拒んだこのモーセを、神は柴の中に現れた天使の手を通して、指導者また解放者としてお遣わしになったのです。
36 この人がエジプトの地でも紅海でも、また四十年の間、荒れ野でも、不思議な業としるしを行って人々を導き出しました。
37 このモーセがまた、イスラエルの子らにこう言いました。『神は、あなたがたの兄弟の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる。』
38 この人が荒れ野の集会において、シナイ山で彼に語りかけた天使とわたしたちの先祖との間に立って、命の言葉を受け、わたしたちに伝えてくれたのです。
39 けれども、先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトをなつかしく思い、
40 アロンに言いました。『わたしたちの先に立って導いてくれる神々を造ってください。エジプトの地から導き出してくれたあのモーセの身の上に、何が起こったのか分からないからです。』
41 彼らが若い雄牛の像を造ったのはそのころで、この偶像にいけにえを献げ、自分たちの手で造ったものをまつって楽しんでいました。
42 そこで神は顔を背け、彼らが天の星を拝むままにしておかれました。それは預言者の書にこう書いてあるとおりです。『イスラエルの家よ、お前たちは荒れ野にいた四十年の間、わたしにいけにえと供え物を献げたことがあったか。
43 お前たちは拝むために造った偶像、モレクの御輿やお前たちの神ライファンの星を担ぎ回ったのだ。だから、わたしはお前たちをバビロンのかなたへ移住させる。』




     神殿と律法

 現在のエルサレムに行きますと、「嘆きの壁」と呼ばれている場所があります。ユダヤ人はこれを「西の壁」と呼んでいます。これは、新約聖書の時代のヘロデ大王が造った神殿の外壁が発掘されたものです。その壁の前は広場になっていて、多くのユダヤ人が毎日この壁に向かって祈りをささげています。
 その壁の向こうと言いますか、上には、現在はイスラム教のモスクが建っています。そしてユダヤ人は、やがてこのモスクを壊して、昔のように神殿を再建することを願っています。しかしもちろん、イスラム教徒はそれを許さない。それでエルサレムをめぐって、ユダヤ人とアラブ人の対立が終わらないというわけです。逆に言えば、ユダヤ人にとっては、それぐらいにエルサレムの神殿の再建は悲願なのです。そして神殿の場所は、そこでなければならない。
 またもう一つ、ユダヤ人の家の玄関の柱には、メズーザと呼ばれる小さなケースが斜めに取りつけられています。これは何かというと、旧約聖書申命記の6章4節〜9節他の言葉が書かれた紙切れがその中に治められているのです。その御言葉は、「聞け、イスラエルよ。我らの神、種は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。‥‥」に始まります。そして主の言葉、律法を大切にすることが述べられます。すなわちそれは、モーセの律法と呼ばれる神の掟を守らなければならないことを教えています。
 嘆きの壁とメズーサ。それは、ユダヤ人と呼ばれるイスラエル人にとって、神殿と律法がいかに大切かを感じさせます。それは新約聖書の時から、2千年経っても変わらないのです。

     ステファノの答弁

 さて、初代教会の伝道者であるステファノは、エルサレムの神殿とモーセの律法をけがした罪で告発され、ユダヤ人の議会であり最高裁判所でもある最高法院に立たされました。そしてステファノの答弁が始まりました。それは、ユダヤ人なら誰でも知っている自分たちイスラエル民族の歴史をたどるものでした。そしてまず、イスラエル民族の始祖であるアブラハムの例を挙げました。アブラハムが神の言葉を聞いたのはどこだったのか、神殿ではなかった。ユダヤの地でもなかった。それは異国の地であった。
 また、アブラハムの孫であるヤコブの子ヨセフの例を次に挙げました。エジプトに売られたヨセフ。しかしヨセフは、異教徒の地エジプトで神のお守りと奇跡を経験し、エジプト全国の総理大臣にまで上り詰めました。そうしてヤコブ一族、すなわちイスラエル一族を飢饉から救いました。そういう神の働きが現れた場所は、異国、異教徒の地であった。そこでも神は語られ、出会われ、働いて下さった。
 あなたがたは、神殿、神殿と言うが、その頃はまだ神殿もないし、神はそういう異国の地でも人間に出会われ、奇跡をなして下さったではないか‥‥。ステファノは、そのように言いたいのだと思います。

     聖なる場所とは?

 続いてきょうの個所でステファノは、モーセの出来事を語ります。モーセは、モーセの律法と言われるほどで、神さまから律法を授かった人です。そのころ、エジプトで増えたイスラエル民族は、エジプトの王のもとで苦しめられていました。そしてエジプトの王ファラオは、イスラエル人の男の赤ちゃんはナイル川に投げ込むように命じました。モーセもパピルスで編んだかごに乗せてナイル川に流されましたが、ファラオの王女に拾い上げられ、エジプトの王室で育てられました。これは神のなさったことではなかったか。
 そのモーセは、やがて民族意識に目覚め、40歳の時にエジプトで奴隷とされていたイスラエルの民を解放しようと決起しました。しかしそれは、同胞であるイスラエルの民からも受け入れられず、遠くシナイ半島の向こうのミディアン人の地に逃げていきました。モーセは挫折したのです。それから40年。すでに年老い、のんびり羊を飼っていたモーセの所に神が近づかれました。そして、モーセをエジプトにいるイスラエルの民を解放する指導者となるようにお召しになったのです。33節でステファノは、その時主なる神がモーセにおっしゃった言葉を引用しています。「履物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる土地である」!
 今モーセが立っている地は、聖なる地であるとおっしゃる。それは単なる山の中腹であり、神殿が建っているわけではありません。単なる田舎の何の変哲もない地面です。しかしなぜそれが「聖なる地」と言われるかと言えば、それは、そこに神が来られたからです。神と出会ったからです。
 すなわち、何か神殿のような特別な地が聖なる地なのではなくて、どこで会っても神とであった場所が聖なる地となるのだ。‥‥ステファノはそのように言いたいのです。ちなみに37節でモーセが言った言葉の、モーセのような預言者というのが、メシアを指すのです。そしてそのメシアはイエスさまである、とステファノも教会も信じています。

     神の力を経験するには

 先ほど読んでいただいた旧約聖書の出エジプト記4:13ですが、これはモーセが、神さまからイスラエルをエジプトから解放する指導者としての使命を与えられた時の、モーセの反応です。自分には無理だと言っている。40年前、自分はイスラエルを解放することができると、自信満々でした。でも失敗し挫折した。
 40年後、今度は自信を失い、自分の弱さ、罪深さを知ったモーセを神は用いられます。神さまは自信満々の人を用いることはできません。神に頼ろうとしないからです。しかし、失敗し、挫折し、自分の無力さを知った者を神はお用いになります。
 そう考えると、ステファノもまた、大きな失敗や挫折を経験した人ではなかったかと思います。自分の弱さを、いやというほど知った人ではなかったか。だから自分に頼るのではなく、神に頼っている。

     律法をけがしたのはだれ?

 さて、彼らがステファノを裁こうとしている罪のもう一つは、ステファノが律法をけがしたという罪でした。そのことについても、ステファノは旧約聖書のこれらの物語を思い起こさせることによって、彼らの誤りを指摘しようとしています。
 あなたがたは律法、律法と言うが、我々の先祖はどうだったのか、と。出エジプトの指導者、そして神から直接律法を賜ったモーセのもとでさえ、我々の先祖は偶像を作って律法をすぐに踏みにじったではないか、と。我々先祖の歴史は、そのように、繰り返し、繰り返し、神の言葉・律法にそむき続けた歴史ではなかったのか。そのためにバビロン捕囚により、国が滅亡したではないか‥‥
 それはユダヤ人なら誰でも学んで知っている、イスラエルの歴史です。自分たちの先祖が、神の言葉、律法にそむき続けてきたので、国が滅んでしまった。だから、今度こそそんな神の裁きを受けないように、律法を厳重に守るのだ‥‥最高法院のお歴々はそのように考えていました。だからこそ、律法をけがした罪でステファノを裁こうとしているのだと言いたいでしょう。また、そのステファノたち、イエスをメシアと信じるキリスト信徒たちをなんとかしたいと考えているのです。
 しかしステファノは、そのイエスさまこそ、モーセが預言していた37節に記されている「わたしのような預言者」である。そのように言いたいわけです。そしてモーセの律法の目的は、そのメシア=キリストであるイエスさまを預言し、指し示すことにあった。そう信じている。そうすると、最高法院は、イエスをキリストと信じるステファノが、モーセの律法をけがした罪で裁こうとしているけれども、実は、モーセの律法を踏みにじろうとしているのは最高法院であるということになります。

     この世を聖地に

 エルサレムの神殿のように、何か特別な場所が聖なる地なのではない。神がおられるところ、そして神と出会うところ、それらはみな聖なる地となる。
 私は、一度教会から全く離れ、神もキリストも信じなくなった者ですが、そんな私が再び信仰の世界に戻ってくることができたきっかけのことを思い出します。体を壊して会社を辞め、挫折した私が、ある日地元の静岡県島田市の本通り3丁目の街角でばったりと幼なじみに出会った。彼はキリストを信じる者となっていた。思いがけないことでした。そしてそのことから始まって、次々といろいろなキリスト信徒との出会いが始まった。そしてやがてイエスさまを信じるに至った時、あの島田市本通り3丁目の街角での出会いは、神さまの御計画であったことを知りました。すると、その3丁目の街角も聖なる地でとなったということになります。
 また、そのようにしてキリスト信徒となった私が、伝道者となるように御言葉を与えられたのは、静岡県金谷町の自宅でした。するとその自宅もまた、聖なる地となるということになります。伝道者として最初に遣わされた輪島でも、多くの神の働きを見ることができました。そこも聖なる地となる。富山でも多くの神の奇跡を見ました。そこも聖なる地となる。そしてこの逗子でも同じことです。私たちは、ここでも神の働きを体験することができる。言い換えれば、神に出会うことができる。ここも私たちにとって、聖なる地となるのです。
 この私たちが、神と出会うことができる。それはまさに、私たちのために取り成して下さるイエス・キリストがおられるからです。感謝と祈りをもって、歩んで参りましょう。

(2016年4月17日)



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