礼拝説教 2014年1月26日

「十字架を負う」
 聖書 ルカによる福音書14章25〜35 (旧約 士師記7:2)

25 大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。
26 「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。
27 自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。
28 あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。
29 そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、
30 『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。
31 また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。
32 もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。
33 だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」
34 「確かに塩は良いものだ。だが、塩も塩気がなくなれば、その塩は何によって味が付けられようか。
35 畑にも肥料にも、役立たず、外に投げ捨てられるだけだ。聞く耳のある者は聞きなさい。」




     群衆と弟子

 イエスさまの後におおぜいの群衆がついて来ました。するとイエスさまが振り向いて、群衆に向かっておっしゃったというのが、今日の出来事です。そこで言われたのは、見出しに書かれていますように、イエスさまの弟子となる条件ということでした。イエスさまの回りには、いつも群衆が集まっていました。その「群衆」と「弟子」とは、いったいどう違うのでしょうか?
 群衆は何を目的にイエスさまのところに集まってきたでしょうか?‥‥聖書を読んでいると、病の癒しを求めてくる人々が大勢いました。また悪霊を追い払ってもらうよう求めてくる人々がいました。さらに、イエスさまのお話しを聞くために集まってくる人々もいました。イエスさまのお話しを興味深く、また楽しみにして集まっていたと言えるでしょう。そうすると、群衆とは、イエスさまから何かを得ようとして集まっていた、すなわち御利益を求めてきた人々であると言えるでしょう。
 その人々に対して、イエスさまの弟子となるにはどうしなければならないか、ということをお語りになりました。イエスさまから御利益を求めてくることと、弟子となるということとは、いったいどう違うのでしょうか?
 ここで言われている「弟子」という言葉は、ギリシャ語では「マセーテース」という言葉で、日本語に訳すと「学ぶ者」という意味があります。イエスの弟子ということは、イエスさまに学ぼうとする者ということになります。学ぼうとするのは、なぜ学ぼうとするのでしょうか? それは成長したいからではないでしょうか。
 きょう大相撲の千秋楽を迎えますが、相撲部屋には師匠と弟子がいます。土俵の周りで見ているのは観客です。観客は群衆だといって良いでしょう。観客は見ているだけです。それに対して、力士となって師匠の弟子となるのは、相撲を取るということです。その相撲が強くなりたいので、部屋の師匠のもとで弟子となるわけです。師匠や先輩力士から学びます。
 そのように、弟子とは、単にイエスさまから御利益を得ようというだけではなく、イエスさまの招きに従っていこうとする者です。そして神の御心に従って、学ぼうとする者です。
 さらに弟子というのは、クリスチャン=キリスト者のことです。使徒言行録6章1節を見ると分かります。そのように、クリスチャンとなるということは、キリスト・イエスさまの弟子となるということです。それがイエスさまを信じるということです。

     弟子となるには?

 さて、イエスさまは今日の個所で、イエスさまの弟子となるための3つの条件を示しておられます。一つ目は、26節です。「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。」
 これはかなり強烈な言葉です。そして不思議な言葉です。なぜなら、父母を敬って愛し、妻や子どもを愛することをたいせつになさったイエスさまが、なぜ「憎む」などということをおっしゃるのか、と疑問に思わざるを得ないからです。しかしこれは「たとえ」でしょう。
 ここでイエスさまが何をおっしゃりたいのかということですが、それは優先順位の問題だと言えます。すなわち、イエスさまに従って行こうとするときに、仮に父母や、妻や子どもが反対した時に、その反対を振り切ってついていくのでなければ、イエスさまを信じることにはならない、ということです。それを強調するために「憎む」という言葉をおっしゃっているのです。また「自分の命であろうとも」というのは、イエスさまを信じて従って行こうとするときに、自分の命を惜しんでは、イエスさまを信じることにならないということです。
 2番目は、27節です。「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」
 十字架は、当時の人々にとっては忌むべき死刑台でした。死刑の中でも最も残酷で屈辱的な死刑の方法でした。そしてイエスさまご自身が、その十字架へ向かって歩んでいるわけです。ここでは「自分の十字架を背負って」とありますから、十字架に見られるような苦しみ、辱めもいとわないでイエスさまについて来なさい、ということでしょう。
 3番目は33節です。「だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」
 自分の持ち物をいっさい捨てる、といわれています。いっさい捨ててしまったら、いったいどうやって生活し、生きていったらよいのか?と不安に思います。そこで神さまを信じることになります。自分の持ち物で生きるのではなく、神の与える物、イエスさまの与えて下さるもので生きる。神さまが自分を生かしてくださる。それを信じるということです。イエスさまにゆだねてついて来い、ということです。
 こうしてみると、この3つは、いずれも「捨てる」ということに関係があることが分かります。群衆はイエスさまに御利益を求めて来た。言い換えれば、プラス・アルファを求めて集まってきた人々です。それに対して、イエスさまの弟子となるためには、「捨てる」ということが必要となってくるということです。プラス・アルファというのは、今までの自分にさらに何か良い物をプラスしようとする生き方です。それに対して、イエスさまを信じる、弟子となるということは、今まで自分が大事にしてきたものを、一旦捨てることが必要であるということになります。それは今までの自分の生き方を捨てよ、ということでもあります。
 これを言い換えると、すべてをイエスさまにゆだねて付き従っていく、ということになるかと思います。

     2つのたとえ

 今日の個所で、イエスさまは二つのたとえを語っておられます。
 一つは、28〜30節の「塔を建てる」ことについてのたとえです。塔を建てるときに、自分に十分な費用があるかどうか、腰を据えて計算しない者がいるだろうか、と。そうしないと、土台だけできて完成することができず、笑いものになるだろうというたとえです。もう一つは、31節〜32節の「敵と戦うときのたとえ」です。自分に1万の兵しかいないときに、2万の兵を率いてくる敵と戦えるかどうか、腰を据えて考えるだろうと。そしてかなわないと分かったら、和議を求めるだろうと。
 そして続けて先ほど述べたように、33節で「だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない」とおっしゃったのです。
 この二つのたとえは、33節の結論と結びつかないように聞こえます。「だから、同じように自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではあり得ない」とおっしゃいますが、「捨ててしまったら、塔も建たないし、敵とも戦えないじゃないか?」と思われます。
 しかしここでイエスさまは、自分の持ち物によっては、どっちみち塔も建てることができないし、敵と戦うこともできない。だから、自分のものに頼るのではなく、神のものによって建てなさい、ということをおっしゃっていると思います。そして、神のものというのは、自分のものを捨てないと得られないということでしょう。今までの自分の生き方を捨てて、神に頼る生き方をしなさいということです。そしてイエスさまに従って行くことができる。

     弟子ならではの恵み

 サンダー・シングという人がいました。20世紀初めに活躍したインド人の伝道者 です。「20世紀で最もキリストに似た人物」とも言われます。サンダー・シングは、1889年に北インドのある町の地主の子として生まれます。家はヒンズー教の一派のシーク教で、特に母親は熱心な信仰者でした。彼はその感化を受けて育ちました。14歳の時、自分を誰よりも愛してくれた母が死にました。悲しみのあまり、彼はヒンズー教の聖典やコーランを読みふけったそうですが、平安を得ることができませんでした。そのころ、彼は地元のミッションスクールで聖書に接する機会があり、そして敵国の宗教であるキリスト教に激しい敵意を抱くようになりました。そして聖書を引き裂いて焼き捨て、宣教師に投石するなどの迫害をしたそうです。
 しかし15才の彼には、心に平安がなく、苦しみも深まりました。彼の心には満たされない切実な飢え乾きがあり、絶望が深まるばかりでした。そしてついに、あの世に行って安息を得ようと考えるに至り、鉄道の線路に横たわって、朝5時に通過する特急列車にひかれることにしました。そして12月12日の午前3時にシーク教の定める沐浴を済ませると、一心に祈ったそうです。「神よ、もし本当にいるのなら、私に正しい道を示してください。そうすればわたしはサードゥー(修行者)になりましょう。さもなければ死にます」と。1時間半ほど祈っていた時のこと、突然大きな光が部屋を照らし、何か高貴な姿がそこに現れたそうです。そして声がしました。「おまえは、なにゆえわたしを迫害するのか。わたしがおまえのために十字架上で、わが命を捨てたことを思い起こせ!」
 それは、彼が待っていたクリシュナでもなく、仏陀でもなく、イエス・キリストだったのです。彼はキリストが生きていることを知り、その足下に自分の身を投げ出しました。そして求めに求めていた平安と喜びが心に充ち満ちたのです。彼は回心し、クリスチャンとなる決心をしました。父に話しても信じない。しかしサンダーの気持ちが変わらないと分かると、親族も加わって彼を迫害し始めたそうです。「キリスト教徒が出たのでは、家柄に傷が付く」と。しかしサンダーは決心を変えない。それで16歳の時、ついに彼は毛布一枚で家から追い出されたのです。途中である村に牧師のいることを思い出し、そこに立ち寄ったが、激しい腹痛、大量の血を吐く。義理の姉が持たせた弁当に、毒が入っていたのです。家族は、主イエスを信じた彼を毒殺しようとしたのです。医者は、死を確信し、薬をくれませんでした。
 サンダーは、激しい苦しみの中で神に祈りました。「もし、この命を助けて下さるなら、一生をあなたに献げて従い、伝道して歩きます!」と。翌朝、サンダーはすっかり元気になっていました。医者は驚き、その後聖書を読み始め、クリスチャンとなったそうです。また、後にサンダー・シングの父親も、彼の理解者、支援者となりました。こうして、キリストに従ったために一度は捨てられた家族を取り戻したのです。
 彼は必死に求めてキリストと出会いました。そしてキリストのために自分自身をささげることへと導かれました。本日の聖書の「捨てる」ということは、自分自身をキリストに献げると言うことであるとも言えます。その結果、苦しみをおぎなって余りある主のわざと平安を得たのです。今日の聖書でイエスさまは、「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ」とおっしゃっていますが、サンダー・シングは後にこう言っています。「主に従い十字架を負うことは、あまりにも甘美で尊いがため、天に行って負う十字架が無ければ、わたしは必要とあらば地獄にでも、使節として送られることを主にお願いする。少なくとも、十字架を負う機会がそこで見つかるように。主の臨在は、地獄さえも天に変えしめる。」
 十字架はイエスさまが背負いました。その十字架をイエスさまと共に担ぐ。そのとき最も身近にキリストを感じることができるということでしょう。それゆえ、主のために苦しむとき、それは共にその苦しみを担って下さるキリストを知ることができるということになります。
 イエスさまの弟子たちも、イエスさまが十字架にかけられる前につまずきました。イエスさまを見捨てました。しかしそんな自分たちを救ってくださる、復活のイエスさまにお会いすることができたのです。つまずき倒れながらも、主の後についていった。それが弟子です。

聞く耳のある者は聞きなさい

 最後にイエスさまは、「塩気がなくなった塩」のたとえを話されました。そして「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われました。イエスさまは、押し売りをされません。無理強いをされていません。「聞く耳のある者は聞きなさい」とおっしゃって、私たちが聞く耳を持つまで待ち、招き続けておられます。その招きに応える者でありたいと願います。


(2014年1月26日)



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